はじまり2
その青年は、人懐こい笑顔でアルセンの執務室に入って来た。
「アルセン様、お呼びでしょうか」
「ああ。ハンス王子、彼がジョアンです」
ジョアンはハンスの顔を見て、驚いた顔をしたが、直ぐ気を取り直した。
「初めまして……では、ないんだけれど、ハンスです。よろしく、ジョアン」
ジョアンは、差し出されたハンスの手を取り握手をした。
「どこかでお会いしましたでしょうか……」
「では、思い出すまで内緒にしておきましょう」
「もしかして…、あ、いや、そんな訳は……」
混乱するジョアンの姿に、アルセンとハンスが笑い出すと、当のジョアンもつられて笑い出した。
ジョアンとハンスは歳も近く、直ぐに打ち解けた。
「やっぱりギード様だったんですね」
やっと思い出したジョアンだったが、ハンスがこのリエーキでアルセンの側近をしていた頃は、話もした事がなかった。
「随分と雰囲気が変わられたので、分かりませんでした」
「それは、よく妻にも言われるよ。子供が生まれるからかな」
妻。
レナの事を、妻と表現するのはまだ少し慣れなかったし、こそば痒い感じがした。
「僕とハンス様は、歳が一つしか変わらないのに、ハンス様はご結婚されてもう直ぐお子様も生まれる何て凄いなぁ」
「別に凄く何てないよ」
兎に角ジョアンは、ひどく喋る青年だった。
「ハンス様も奥方のレナ様も、魔人皇族の末裔なんですよね。何だか、かっこいいなぁ」
どうやら、ジョアンはハンスに憧れの感情を持っているらしい。
「何も凄くはないよ。そのお陰で、私も妻も大変な思いをした事もあるしね」
ハンスは苦笑いをした。
「そうなんですね……」
しゅんと元気をなくしてしまったジョアンを見て、ハンスは可愛い弟の様に思い出した。ただ、この弟は、喋りすぎる。
「ジョアンは、我が国の重要職者の中でも一番若いだ。だからこそ、新しくなるリエーキで、活躍してもらいたいと思っている」
アルセンの多大なる信頼をジョアンは得ていた。
そしてジョアンも、アルセンに忠実だった。
ただ、ハンスはジョアンに底知れぬ何かを感じていた。それが何かは分からないが、これまでの経験上良くないことの様に思えた。
それでも子犬の様に人懐こい笑顔で話すジョアンを見ていると、そんな事も忘れさせられた。
「ではハンス王子、ジョアンの事よろしくお願いします」
アルセンの見送りを受け、ハンスとジョアンはコサムドラに向かった。
「一国の王子が、こんな普通の馬車で移動されるんですね」
ジョアンは普通の馬車と言ったが、この馬車はアルセンが用意したそれなりに豪華な馬車だ。
「ジョアンの家は、しっかりした家柄と聞いたけれど本当のようだな」
「ただ古いだけの家ですけど……」
ハンスの言わんとする事が分からないのか、ジョアンは不思議そうな顔で応えた。
「コサムドラまで、どのくらいかかります?」
「コサムドラの名物って何です?」
「コサムドラの城は、リエーキの城より大きいですか?」
「母にコサムドラ土産を買おうと思っているのですが、何か良い土産物ありますか?」
旅の間、ハンスはジョアンの質問攻めにあった。
「もしかしてジョアン、旅は初めて?」
「はい!」
ジョアンは、目を輝かせて窓の外を眺めている。
それなら仕方がない。少しゆっくりとした旅にするか。
ハンスも、ついついジョアンのペースに飲まれてしまっていた。
「レナ姫様、初めまして! ジョアンと申します!」
例の調子で、ジョアンは迎えに出てきたレナに駆け寄った。
その夜、レナもハンスはジョアンの話題で随分と盛り上がった。
「ジョアンて、何だか子犬みたいよね。思わず尻尾があるのか確認しちゃたわ」
「旅の間も、ずっとあの調子だったよ」
「どのくらい、ここにいるの?」
「一月かそこらかな」
「じゃ、ジョアンが帰る頃に、この子は生まれるのね」
「ちょっと城を離れている間に、またお腹大きくなったんじゃない?」
ハンスは、そっとレナのお腹に触れた。
「そうなの。それに何だか食欲も凄くて、食べ過ぎってエリザにお菓子を隠されちゃったの!」
「早く会いたいね」
「そうね」
レナとハンスがお腹に触れると、ボコボコと手に触れた。
「あらやだわ。こんな時間に暴れないで。眠れないじゃない」
「きっと僕に、おかえりって言ってくれてるんだよ!」
開け放された窓から、幸せそうな二人の会話が庭に漏れ、庭に居たジョアンの耳にも届いていた。
「ふん」
ジョアンが冷たく笑った。
次話も、よろしくお願いします。
(え?ジョアン?)




