転機5
ファビオは、アリサの言葉に唖然とし、そして笑いが止まらなくなった。
「うちが何処かの王室の血筋? そんな訳あるわけないじゃないか」
あまりにファビオが笑うので、アリサもあれはやはりマルグリットの冗談だったと確信した。
最初はあまりに突拍子もない事、と笑っていたが、ここ最近は思いも寄らぬ事ばかりが続いている。
もしかしたら、もしかするかもしれない。
そもそも、自分が魔人だとは数年前には夢にも思わなかったはず。ならば、アリサの言った事も母の戯れではないかもしれない。
リエーキの暴動もすっかり沈静化し、ムートル国内も日常を取り戻り始めた。
「随分とリエーキから魔人がこちらへ流れ込んで来たようですね」
スヴェンは、この事をあまり良い事とは捉えていない。
「皆が皆、正直で勤勉な訳ではないですからね」
ファビオも、魔力を使って詐欺まがいの事をしている魔人を何人か調べたが、狡猾で残忍な性格をしている者も多々見受けられた。
「リエーキのムートル侵攻時から行っている、投降兵のムートル受入の中止をブルーノ国王に進言しようと思うのですが、スヴェンさんはどう思いますか」
「うーん、確かにこれ以上の受入は、ムートルにとって魔人が脅威になる事は間違いないでしょう。しかし」
「しかし?」
「受入中止の理由が必要ですね」
「理由もなく中止をする事は、いらぬ憶測を呼ぶと」
「そのとおり」
スヴェンはファビオの察しの良さに驚いた。これは経験さえ積めば、ムートルにとってなくてはならない人物に成長するだろうと思った。
「何か妥当な理由がないか調べてまいります」
ファビオは部屋を出ようとして足を止めた。
「どうかなさいましたかな?」
「スヴェンさん、後で少し個人的な事を相談したいのですがお時間ありますか?」
「もちろん、時間は私の寿命が尽きるまでありますよ」
ファビオの進言で、ブルーノはリエーキからの投降兵に関する全ての資料を集めるよう、命令を下した。
「結論ありきで物事を進めるのは好きではないが、魔人に関する事は私にはわからない事が多い。これからも頼む」
まさか他国に来て、国王の信頼を得る事になるなんて思いもしなかった。母が生きていれば、どれ程喜んだ事か。それ思うと残念で仕方が無かった。
今ファビオは自信に溢れていた。
宮殿の中で、若いメイド達から憧れの視線を送ららている事にも気付いていた。
ここで立派な男になってレナを迎えに行く。
ファビオは決意を新たにした。
幾つか急ぎでしなければならない仕事が飛び込んで来て、スヴェンとゆっくりプライベートな話が出来たのは、数日が経ってからだった。
時間が経つにつれ、あれは母の単なる戯言だったのだと言う思いが強くなっていた。
「さて、何のご相談ですかな」
スヴェンもファビオ同様、ここ数日忙しくしており少し疲れている様に見えた。
「単なる母の戯言だとはおもうのですが、メイドが思い出したのです。うちが何処かの国の王室の血筋だと言っていたと」
「なんと!」
スヴェンには思い当たる節があった。
ファビオの癒者の力。あれは魔人皇族の血を受けた者、さらにその一部にだけ備わる力。魔人の国リエーキでも、その力を持つ者は見た事が無かった。
マルグリットの死後、カリナがファビオの動向を気にしていた事。
そして、マルグリットの発言。
全てが一瞬にして繋がった。間違いない。ファビオは魔人皇族の血を受けた者だ。
「これは私の勝手な憶測に過ぎませんが……」
スヴェンは慎重に言葉を選んで話す事にした。この事が本当だとすれば、スヴェンは生まれて初めて魔人皇族の末裔に遭遇した事になる。
「憶測でも構いません。仰ってください」
ファビオの真剣な目に嘘はつけなかった。
「もしかすると、ファビオ様は魔人皇族の末裔かもしれません」
ファビオの目が驚きで見開かれた。
「まさか……」
「いえ、本当で御座います。ファビオ様がお持ちの癒者の力は、魔人皇族の血を受けた者にしか現れません」
「イシャノチカラ?」
「以前、私の怪我を治してくださった、あの力の事です」
「あのくらいの事、魔人なら皆できるのでは……」
「いえ、私も長く魔人国リエーキに居ましたが初めてです」
「え……」
ファビオが最初に思い浮かんだのはレナだった。
もし、スヴェンの言う通り魔人皇族の末裔ならば、ハンスの立場に遠慮する事など無かったのだ。
次話も、よろしくお願いします。
(とうとう知ってしまった……)




