転機4
「エリザ、気付いているんだろ?」
ある夜、カリナがエリザに聞いた。
「はい」
「私は、何時までこうしていられんだろうか」
「分かりません」
カリナは、自分の魂が限界を迎えようとしている事に、気付いた。
意識のある時間が随分と少なくなっている。
「エリザは、いつから気付いていた?」
「スヴェン様とお戻りになった後くらいでしょうか」
エリザは、カリナ自身が気付く前に、異変に気付いていた。
「一度、ベナエシのお墓に戻られてはいかがでしょうか」
このままカリナの魂が消滅してしまっては、レナの今後にも随分影響する。
「魂だけで存在し続ける事にも、肉体と同じで限界があるのかもしれないねぇ」
そう言ってクマのぬいぐるみは、再び沈黙してしまった。
「カリナ様?」
エリザの呼びかけに反応もない。エリザは慌てた。流石に早すぎる。
「大丈夫まだ消滅はしていないよ」
「驚かさないで下さい」
珍しく動揺するエリザにカリナは笑った。
「まぁでも、そう遠くはないよ。できればレナの出産を見届けたいがねぇ」
エリザにとって、あの惨劇の日からただ唯一の家族だった兄ジャメルを亡くし、胸に開いた穴を埋めてくれたのは、口は悪いが何故か心通じたカリナだった。
いつまでもこの状態が続くとは思ってはいなかったが、こうして直面してみると心が揺れた。
ファビオとアリサの生活は、家人と使用人の域を越えてはいなかった。
流石ムートル国王室のメイドとして採用されるだけあって、メイドとしの能力はかなりのものだった。家の中は、いつも完璧に整えられており、料理も難しい物ではないが納得の物を出す。
ファビオは思い切ってスヴェンを自宅に招いた。
これまでも若い仕事仲間を突然自宅に連れ帰る事があったが、アリサは完璧な対応をして客を驚かせた。
「ウチに来てくれたら母が喜ぶのに」
と、アリサを引き抜こうとする仲間までいた。
連れ帰ったスヴェンを見たアリサは、明らかに動揺していた。
それでも、大きな粗相をする事なくメイドとして仕事をやり遂げた。
「アリサさん、一緒にどうですか?」
ファビオは、食事の席にアリサを誘った。
「いえ、私はメイドですから……」
遠慮をしたのではない。今までも何度か二人で食事をした事もある。アリサはスヴェンが怖かったのだ。あのコサムドラでの事故の後、スヴェンの目が怖くて仕方がなかった。
「きっとお嬢さんは私が怖いのでしょう。無理強いはいけませんよ」
スヴェンが、アリサの目を覗き込んだ。
「しっ失礼します!」
アリサは逃げるようにして部屋を出てしまった。
「まだ何も思い出していないようですね」
スヴェンがお茶を口に運んだ。
「そのようです。しかし、あまり怖がらせないで下さい。彼女がいなくなったら私の生活に支障が出ます」
正直、母が掃除洗濯料理といつも甲斐甲斐しくしていれていたため、独りになってしまったファビオは困りきっていた。
生活は毎日の事だ。限られた期間なら何とかなったが、これからずっとこの煩わしさが付いて回るのなら、自宅を引き払って宮殿に住み込んでしまうのも手かとは思っていた。
そんな時アリサが現れたのだ。
人並みな生活を送るには、アリサの存在が不可欠なのだ。
スヴェンは、食事をし、楽しくたわいも無い会話をして帰って行った。
翌朝、ファビオが起きると既に朝食と出勤の準備がアリサの手で整えられていた。
母マルグリットがしていたのを見ておぼえていたのだろう。母のする準備と全く同じで、家の中を探せば母が居るのではないかと思うほどだった。
「ありがとう、アリサさん」
「さんは、やめて下さい。アリサと呼んでください」
アリサが頬を染めて言った。
「そうします」
何だかファビオをも照れくさくなってしまった。
「それから、事故の事ではないんですけど、少し思い出した事があって……」
「何でもいい、思い出した事は全て教えて欲しい。恥ずかしい話なんだが、自分の母なのに知らない事が多くて」
「ご冗談を仰ったのだとは思うのですが………」
「ん?」
一体アリサは何を思い出したのか、ファビオは胸騒ぎがした。
何故だか、心臓が強く打ち始めた。
「この御宅は、どこかの国の王室の血筋なんですの?」
次話も、よろしくお願いします。
(とうとう、あの事をファビオは知ってしまうの?)




