転機1
コサムドラ国の城から民が、興奮気味に続々と街に向かって歩き始めた。レナの誕生日を祝う為に、城の庭に集まった民達だ。
先程まで、城のバルコニーにレナとハンスが姿を見せていた。
「やっぱりハンス様は素敵よね」
少女が頬を赤らめて言った。
「レナ様も益々お美しくなって。でもまだ19歳でしょ? まだまだ、お美しくなられるわよ!」
少女の母親もうっとりとしている。
「お子様は女の子かしら、男の子かしら」
「あのお腹のカタチなら、男の子だな」
近くに居た老人が、確信を持って言った。
すると、近くに居た人々が議論を始めてしまった。
「あら、お腹のカタチでそんな事が分かるの?」
「そもそも、あの距離でお腹のカタチなんて、見えたかしら?」
「レナ様のお顔がお優しくなられたから、きっと女の子よ」
「あら、私昨日トランプで占ってみたんだけど男の子だったわよ」
民の興味は、老若男女問わずレナのお腹の子供の性別だった。
「ハンス様、レナ様、どちらに似ても美しい赤ちゃんでしょうね」
「それは間違いないわね」
誰もが浮き足立っていた。
「王子様でも王女様でもどちらでも構わないから、とにかく安産と元気なお子様の誕生をお祈りするだけですわ」
無愛想な顔で言った女の意見に皆が頷いた。
「レナ、ゆっくりで良いからね」
お腹が大きくなり足元が見えなくなっているレナは、バルコニーへ続く階段をハンスの手を借りて降りていた。
「ほら、最後の一段」
レナはゆっくりと足を床に降ろした。
「ふぅ……。怖かった」
「無理しなくてよかったのに」
何とか階段を降り切りほっとしたレナは、今降りてきた階段を改めて見上げた。
「今度この階段を上がる時は、この子が無事に生まれた時ね」
「そうだね」
ハンスも階段を見上げた。
「お二人揃ってバルコニーを見上げて、何をなさっているのです?」
エリザがいつの間にか二人の後ろに立っていた。
「あらエリザ、おかえりなさい。どうだった?」
「民な皆、大喜びでございましたよ。お子様が王子様か王女様か、そんな話で持ちきりでございました」
「そう、良かった」
レナはお腹に張りを感じて、無意識にさすっていた。
「どうかされましたか?」
エリザが見逃すはずもなく、レナはそのまま一週間強制的に安静にさせられてしまった。
ある日、アンドレの執務室にハンスが呼ばれた。
「父上、お呼びでしょうか」
「ああ、ハンス。レナの様子はどう?」
「はい、エリザさんに見張られているので大人しくするしかないようです」
ハンスの言葉に、アンドレが軽く笑った。
「で、何のご用でしょうか。レナの様子でしたら、何時でも部屋に来ていただけましたら」
「いやいや、若い夫婦の寝室にのこのこ行ける程、私は野暮じゃないよ。用というのは、これなんだ」
アンドレは、一通の分厚い手紙をハンスに渡した。
「これは……」
手紙の差出人は、リエーキ国アルセン王だ。
「読んでよろしいのでしょうか」
「ああ、構わない」
あのアルセンが、一体何を、それも手紙なんて似つかわしくない。
「とんでもない事を考えているようだ。それをアルセン王が実行すれば、我が国にも動揺は伝わるだろう」
ハンスは慌てて手紙を開いた。
エヴァの元にも一通の手紙が届いていた。
差出人は書いていなかったが、エヴァには直ぐに誰からなのか分かった。
毎晩眺め続けているジャムのレシピ。少し癖のある字。同じ字だ。
店のキッチンの物陰に隠れ、震える手で何とか開封した。
レシピの物より、少し字に力強さが欠ける気がした。
「疲れてるのね……」
その時、突然落雷が起きた。
店内からは若い女性達が悲鳴をあげた。
エヴァは、慌てて店内に戻った。
雷は城からそう遠くない場所に落ちた。
「まぁ!!」
レナの側では、何やらベルが楽しそうに窓の外を眺めていた。
「あの日と同じだわ!」
「もぅ、そんなに窓から身を乗り出すと、雷がこっちにくるわよ」
窓のから身を乗り出すように、雷の方を見ているベルに、レナが注意した。
「それ、アミラ様が仰ってた事ですわね」
ベルが窓を閉めた。
「そうだったかしら?」
「そうですよ。レナ様はお小さい頃雷が大好きで、雷が鳴り始めると窓を開けて見るもんですから、アミラ様よくそう仰っていましたよ」
そう言われてみれば、そんな気もする。
今でも雷の放つ光は綺麗だと感じているのだ。
「で、あの日って?」
「アンドレ様が生まれる少し前に、こんな風に突然の雷が城の近くに落ちたんですよ。こらは間違いなく良い前兆ですよ」
ベルの鼻息の荒さに、これは何としても無事に出産をしないとベルに叱ららそうだと、レナは苦笑いをした。
次話も、よろしくお願いします。
(私は雷が怖いです」




