試される時5
その夜、カリナの魂が入り込んだクマのぬいぐるみはレナとハンスの寝室に置かれた。
「私はエリザの部屋が落ち着くんだけどね」
カリナこの部屋に居るのは好きではなかった。
手先として使っていたハンスと、命を狙っていたレナの部屋なのだ。二人が幸せそうな姿を見るにつけ、自分のしてきた事を後悔するのだ。この二人の幸せを守ってやりたい。今そんな事を思っても、魂だけになってしまった自分に何ができるというのか。このクマの中では手足どころか、目すら動かす事は出来ない。
「お話が終われば、エリザのお部屋にお連れしますわ」
ハンスはまだ寝室には来ていない。レナとカリナ、二人きりだった。
「マルグリットの事かい?」
「そうです」
「私は何もしていないよ」
「え?」
レナは、マルグリットの死はカリナの仕組んだ事だと思い込んでいた。
しかし、真相は違うようだ。今更カリナが嘘をつくわけがない。
「私が何かをしたわけではないが、影響は与えてしまったかもしれないね」
ファビオはただ黙々と任務を遂行していた。
父に続いて母までこんなに早く亡くすとは思ってもみなかった。ふと、底のない悲しみに襲われる事もあるが、仕事に追われているおかげでやり過ごす事ができていた。
時折、自宅に戻ると母のいない家に違和感があったが、コサムドラの家でないだけ救われた。コサムドラの家には、父と母の記憶が多すぎる。今は過去を振り返る事はしたくなかった。
母が何故コサムドラに向かったのか。
ファビオは母の亡骸を搬送してきたコサムドラの警備隊に何度か聞かれたが、全く何も答えられなかった。
亡くして初めて知ったが、父の事も母の事も何も知らなかった。
警備隊の話では、アリサは母の事故を目撃したショックで何も覚えていないらしい。いつか、落ち着いたらアリサを訪ねてみよう。ここ最近の母の様子を知るのはアリサだけだ。
リエーキの暴動も下火になり、ファビオの仕事も落ち着き始めたので自宅に戻る事にした。時々、家の中に風を通さないとカビ臭くなってしまう。コサムドラの家は大丈夫だろうか。もしかして、母もそれを心配してコサムドラに行ったのではないだろうか。しかし、それでは事故に遭った街が違いすぎる。
ぼんやりとしていたせいか、玄関に人がいる事に気がつかなかった。
「あ、あの……」
声の主を見て、心臓が一瞬跳ねた。
アリサだった。
聞きたい事は山の様にあったのに、突然目の前に現れると動揺しかしなかった。
そもそも、アリサの様子もおかしい。家にいた頃とはまるで違い、何だか薄汚れている様にすら見うけられた。
「や、やぁ。久しぶり……」
「申し訳ございませんでしたっ!!」
アリサは突然大きな声で謝罪したかと思うと、ファビオの足元にすがる様に倒れ込んだ。
エリザは、一日の仕事を終えて自室に戻ると、灯りを小さく着けた。
「おかえりエリザ」
クマのぬいぐるみがエリザを迎えた。
「カリナ様、何か変わった事はございませんでしたか」
「なにもないよ」
あるはずがない。カリナは、一日中エリザの部屋の窓辺で庭を眺めいるだけだ。
カリナは何もしていないわけではなかった。あの日の記憶を何度も反芻しているのだ。
カリナ自身にも、あの時何が起きたのかわからなかった。
何故アリサは突然道を渡ったのか。その直前、マルグリットとアリサは何を話していたのか。一つの記憶をアリサもカリナで共有している為か、断片的な記憶しない。恐らく、アリサも同じ状況だろう。
どちらが早く記憶を探り当てるか。何としてもアリサより先に思い出さなければ。
結局マルグリットの死の真相は分からないまま、レナは、新しい調べ物に奔走していた。
「そんな事、無理なんじゃないの?」
流石にこれにはハンスも呆れ顔だ。
「でも、この子が男の子ならタルメランはこの子に用はないはずでしょ? だったら、何としてもこの子を男の子にしないと」
レナは噂話にまで敏感に情報を収集していた。
もし、男の子だったら計画を先延ばしに出来る。
一番の願いは、それだった。
民の間で評判の『男の子を産む方法』などと言う、何だか少々卑猥な俗っぽい本を読んでいると、ハンスに取り上げられてしまった。
「そんな事より、どうするか決めた?」
「何を? 本、返して頂戴」
ハンスは本をパラパラと見た。
「こんなの信じてるの?」
「藁にもすがってるだけよ。で、何を決めるの?」
「自分の誕生日を忘れる程、この本に夢中だったの?」
ハンスはそう言って、卑猥なページをレナに見せた。
「もう! そんなページを見せないでよ」
「冗談だよ」
ハンスは本をレナに返して、そっとキスをした。
次話も、よろしくお願いします。
(アリサ再び登場)
18歳の章はこれで終わりです。
19歳、レナさん出産に挑みます。
そして……




