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娘レナ 父と名乗る者

「そろそろお目覚めになりませんか」


 ベルの声で目覚めたレナは、見慣れない風景に戸惑った。


「ここは?」


 ベルは何事もなかったかのように、いつもと変わらぬ様子でレナに向かって、優しく微笑んでいる。


「レナ様のお部屋でごさいますよ」


 少しづつ、レナの頭の中が目覚め始めた。


 部屋を見渡すと、これまで暮らしてきた小さな家とは比べ物にならない広さ、それに豪華な調度品。


「これは、夢?」 


 ベッドから降りようとするレナ。


「お着替えを」


 そう言ってベルが差し出したのは喪服だった。


 喪服を受け取った瞬間、母を亡くした現実がレナを襲った。


 そうだ、ママは死んだんだ……。


 レナの様子に気が付いたベルが、昨夜と同じ様にレナを抱きしめる。


「大丈夫、全てお任せください。レナ様はお一人ではありませんよ。さ、着替えをしましょう」


 そう言って、レナの着替えを手伝い始めた。


「ねぇ、ベル。ここは? 私、昨日はどうしちゃったの? どうやって、ここまで来たの? ママは?」


 ベルは、レナの矢継ぎ早な質問に答えなかった。


 レナには聞きたいことが次々沸いてくるというのに。


「全ては、直接お話頂けると思いますよ。さ、お着替えが終わりました。顔を洗って、食堂で朝食を頂いて下さい」






 ベルに案内されて食堂へ向かう廊下は、道ではないかと思うほどの広さだった。


 昨夜は母の傍に居たはずだ。


 なのに今朝起きたら豪華な屋敷のベッドに居た。昨夜何が起きたのか。そうだ、ベルが出してくれたお茶だ。あれに何か入ってたのか……。


「ねぇベル、昨日のお茶に……」


 全てを言い終わる前に食堂に着いてしまった。


「こちらへ」


 ベルに即されて食堂へ入る。


 そこは、学校のホールよりも大きかった。


 大きなテーブル、ずらりと並んだメイド達に唖然とするレナ。


「昨夜も召し上がっておられませんし、無理してでも召し上がるんですよ」


 レナを残し出て行くベル。


 大きく豪華なテーブルには二人分の朝食が用意されているが、どこへ座れば良いのか分からず立ちすくむレナ。


 メイド達の視線が自分に向けられている事に気が付く。


「あ、あの、どこへ座れば……」


 一人のメイドが列から歩み出て、椅子を引く。


「こちらへ」


「ありがとう」


 レナが座ると、見知らぬ男性が入ってきた。


「あっ」


 見知らぬ男性ではない、国王アンドレだ。


 学校に飾られていた肖像画と比べるとやつれて見る影もないが、間違いなくこの国の国王である。


 レナが慌てて立ち上がると、アンドレは言葉を発する事なくレナを抱きしめた。


 突然抱き締められたレナは、どうして良いか分からず棒立ちのまま抱き締められた。


 アンドレがそっとレナから離れテーブルに着くと、メイド達が一斉に給仕を始めたため、レナも慌てて椅子に座った。






 レナは何をどうして良いか分からず、ただ黙々も用意される物を口の中に入れ、無理矢理飲み込んだ。


 味なんてさっぱり、何を食べたのかさえ覚えていない。


「父とは呼んでくれぬのか?」


「えっ!?」


 レナには突然の事で、全く理解できない。


「何も聞いておらぬのか?」


「はい…」


 レナの手が震え出し食器がカチカチと音を立て始めた。


 慌てて食器から手を離すレナ。


「食事が終わったら、アミラの元へ行こう」


「はい…」


 食堂の片隅では、涙するベルの姿があった。






 見事に手入れされた敷地の一角、大きな庭園の中心に設けられた霊安堂に連れてこられたレナ。


 ふわふわと漂ってくる花々の香りが庭園に色を添えている。


 ひんやりと、そしてひっそりとした空気の霊安堂を、無言でアンドレの後ろを歩く。


 霊安堂には多くの部屋があるらしく、それぞれの部屋に花の名前が付けられている。


 鍵のかけられた扉の向こうには、王室の人々が眠っているのだろうか。


 私のママがここに?


 それに、この人が、私のパパですって?


 人違いなのではないの?


 様々な考えが頭の中をグルグルと巡っているレナ。


 扉の前でアンドレが足を止めた事に気付かず、背中にぶつかってしまった。


「ご、ごめんなさい!」


 思わず出た大きな声が、霊安堂に響き渡る。


 ゆっくりと振り返るアンドレ。


 叱られる、と思った瞬間、アンドレが笑い出した。


「うっかりなところは、アミラに似たんだね。アミラも、しょっちゅうぼんやりと余所見をして私の背中にぶつかっていたよ」


 レナは、アンドレの笑顔に釘付けになった。


 見た事がある笑顔。


 そう、レナ自身の笑い顔に似ているのだ。


「さぁ、アミラが待っているよ」


 百合の間と記された扉を開けたそこは、これまで暮らしていた家の数倍の広さの霊安堂であった。


 美術品と言われても疑問に思わないであろう美しい棺の中に、母が安置されていた。


 母は花に囲まれ、穏やかな顔をしている。


 それは今にも、両手を広げアンドレとの再開を全身で受け止めそうな顔。


「ママ…」


 母の頬に手を伸ばしたが、止めた。


 今冷たくなった頬に触れると、暖かかった母の頬の感触を忘れてしまいそうに思ったのだ。


 レナの代わりにアンドレが頬に触れた。


「ずっと探していたんだよ」


 愛おしそうに母を見つめるアンドレ。


「やっと戻って来てくれたと思ったら、こんなに冷たくなってしまって」


 アンドレの目から涙がこぼれ落ちるのを、ぼんやりと見つめるレナ。


 レナの様子に気付いたアンドレは涙をぬぐう。


「さぁ、私は公務に向かうよ」


「もう暫くママの側に居ていいですか?」


「勿論だ、ベルを外で待たそう」


 そう言ってアンドレはレナに背中を向けて出て行ってしまった。




 執務室で公務をこなす筈のアンドレは、上の空で考えを巡らせていた。


 どこから見てもレナは普通の少女だ。 


 しかし、あのアミラの娘でもある。


「アンドレ、アミラ様に何かあったのか」


 普段はこんな時間に姿を見せないジャメルが執務室に入ってきた。


「流石だな、何か感じたのか」


「違うな、アミラ様を感じなくなった」


「死んだよ」


「やはり……」


 アミラの死は、ジャメルにとっても一大事なのだ。


「他には?」


「いや」


「そうか」


「他に何か?」


「いや感じないならいいんだ」


 魔人族の一人であるジャメルが気が付かないのなら、レナは本当に魔力を持たない普通の少女なんだろうか。


「アミラ様に会えるか」


「霊安堂には一族しか入れない」


「そうだったな……」


「母上の様子は」


「変わらず静かに暮らしておられるよ」


「近々会いに行こうかと思ってる」


「お会いになるだろうか……」


 突然、城の上空に黒い雲がかかり雷が鳴り始めた。


 ジャメルは、窓の外を覗く。


「嫌な雲だな、アンドレ」


「ああ」


 大粒の雨が、窓ガラスを濡らし始めた。

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