試される時4
マルグリットの葬儀が行われた約一月後、スヴェンがカリナと共にコサムドラにやって来た。
スヴェンはコサムドラの城に向かう前に、エヴァの店に立ち寄った。
店ではエヴァが、一心に仕事に打ち込んでいた。その為か、エヴァの作る菓子は益々評判となり、店は大変混雑していた。
店に足を踏み入れたスヴェンに、エヴァは直ぐに気付いた。
「スヴェンさん! お久しぶりです」
エヴァは少し痩せたようだった。
「エヴァさん、少し痩せられましたかな?」
「ええ、ご覧の通り、何だかすごく忙しくて」
エヴァは今にも喉から飛び出そうな言葉を、必死に飲み込んで微笑んだ。
しかし、そんな事スヴェンには直ぐに分かってしまう。
「あの方の事ですね」
「え、あ、はい」
スヴェンは優しく微笑み、外に待たせてある荷馬車を指差した。
「今年最後の桃ですよ。また来年もお届けします、と、送り主が。そのうち手紙でも届くでしょう」
エヴァは目を大きく見開いた。
「ありがとうございます……」
そして、その目にいっぱいの涙を浮かべた。
まさか自分が泣くだなんて思ってもみなかった。
アルセンからの連絡に待ちくたびれたエヴァは「ただの、おじさんじゃないの」、何度も何度も自分に言い聞かせていた。
しかし、朝になって店のキッチンに立つと、アルセンと二人でこのキッチンに居た事が昨日の事のように思い出してしまった。
今こうしている間にも、アルセンは暴徒達に襲われ殺されているのかもしれない。
そんな思いを振り払う為に、がむしゃらに働いていたのだ。
「やはり貴女の作るお菓子は格別に美味しい。いくつか包んで頂けますかな。今から城へ行きますので、お土産にしましょう」
スヴェンからの申し出にエヴァは大喜びで菓子を準備した。
エヴァがスヴェンに用意した菓子の包みは二つだった。
「おや、二つですか?」
「はい、一つは頼まれた分で、もう一つは私からスヴェンさんに」
「それはそれは!」
スヴェンは大喜びで受け取った。
「きっとあの方が聞けば悔しがりますよ」
そう言ってスヴェンは城へと向かった。
「何だい、あの子は。たしかレナの友達じゃなかったかい?」
それまで黙っていたカリナがスヴェンに話しかけた。
「そうでございますよ」
スヴェンは、にこにこと笑うだけでそれ以上は何も言わなかった。
スヴェンの到着はレナにも知らされた。
ファビオの様子が知りたいレナは、こっそりとハンスの執務室までやって来た。
「レナ、そこにいるんだろう? 入っておいで」
直ぐハンスにばれてしまった。
「おや、レナ。随分とお腹が目立つようになったね」
カリナが驚きの声を上げた。
「大おば様。お帰りなさい」
レナはそう言ってクマのぬいぐるみをつまみ上げた。
「ちょっとレナ。乱暴にするんじゃないよ」
「大おば様こそ、私に何も言わないで旅に出ないで下さい」
「悪かったよ。ファビオの様子が気になったもんでね」
カリナはあっさりと白状した。
しかし、これ以上の話はスヴェンがいる為出来ない。
「そうだったのね。で、ファビオはどうでした?」
「ああ、何も変わらない様子だったよ。何も」
一先ず、ファビオはまだ何も知らないのだと、レナとハンスは悟った。
「スヴェンさん、長旅お疲れになったでしょう。ゆっくりとして下さいね」
「レナ姫様、これを」
スヴェンがレナに差し出したのは、エヴァの店で買った菓子だった。
「あら、この店は……」
「リエーキにも立ち寄って少々疲れたもので、その店に立ち寄りました次第で」
スヴェンの言わんとする事に、レナは気付いた。
「この店は私の親友の店ですわ。元気にしてました?」
「ええ、それはもう」
レナの心配事のうち二つは、カリナとスヴェンが解決してくれたようなものだった。身重の身体で何もできない事に困惑していたレナの心が少し軽くなった。
後はマルグリットの死の真相だけだ。それさえ解決すれば、レナは少なくとも出産までは安心して過ごせる、そう確信していた。
次話も、よろしくお願いします。
(エヴァ良かったね。しかし、カリナはマルグリットに何をしたんだろう)




