代償23
リエーキでの暴動は、ムートル国を混乱に陥れた。
ムートル国へリエーキが戦を仕掛けたのは最近の事だ。あの時、ムートルへ亡命した多くの魔人が情報を収集すべく動いていた。
その陣頭指揮を執っていたのがファビオだったが、正直力不足を感じていた。魔人としても、指揮官としても半人前にすらなっていない。
亡命魔人のスヴェン老人がファビオを手伝ってくれていた。
「ファビオ様、一度自宅に戻られてお休みください。酷く疲れた顔をされておりますよ」
スヴェンは非常に優しい魔人だった。
「いえ、今ここを離れる訳にはいきません。いつリエーキの暴動が飛び火するかもわかりませんから」
「そうですねぇ。では、ここのソファでお休みなさい。何かあれば直ぐに起こして差し上げましょう」
確かに目まいがする程の眠気に襲われていた。
「ありがとう、では、そうさせてもらいます」
ソファに腰かけた時、スヴェンの手に切り傷があるのに気付いた。
「スヴェンさん、その手どうされたんです」
「あぁ、今朝ももを切ろうとして手が滑りましてな」
スヴェンが恥ずかしそうに、手を引こうとしたがファビオはその手を握った。
そして、そっとその傷に触れた。
「ファビオ様、あなたは……」
スヴェンの傷は跡形もなく消えていた。
レナからタルメランの伝言を聞いたマルグリットは、一瞬レナが何を言っているのか分からなかった。
ファビオの父親は、主人よ。だって、私は主人しか知らなかったんだもの。
でも……
引っ越し準備の最終に割れた食器で怪我をした時の事を思い出した。
確かにあの時、タオル赤く染めるほどの怪我をしたはずなのに、ファビオが触れた瞬間怪我は跡形もなく無くなっていた。
あれは、癒者の力。ファビオの父親がタルメラン王だとすれば納得できる。
タルメラン王の計画通り、魔人国が復活すればファビオは王子となるのではないか!
マルグリットは告げられた事実へのショックよりも、心沸きあがる興奮に支配され始めた。
ファビオの父親はタルメラン王。
ファビオの父親はタルメラン王。
心の中で、何度も叫んだ。
世が世なら、私は魔人皇族王子の母!
マルグリットから、コサムドラで過ごした静かな日々の思い出は消えた。
いや、消えてはいない。隣家の娘アンの出世が羨ましかった自分に言ってやりたい。
そんな事、気にする必要はない。ファビオは魔人皇族の王子なのよ、と。
家に軟禁状態のマルグリットは、魔人国が復活し王子の母として暮らす日々を想像するのが楽しみとなった。多くの使用人に囲まれ、美しい物に囲まれる日々。想像する時間が長くなり、ふと本当に王子の母として暮らしているような気分になっていた。
これこそ、タルメラン王が望んでおられる事なのね。
マルグリットはリエーキの暴動を切欠に行動に移す事にした。
「ねぇ、アリサ。実はね、ファビオはとある国の国王の息子なの」
アリサのファビオへの恋心を利用する事にした。
「そそそ、そうなんですか……」
「ええ」
「それでこの状況が納得できましたわ」
アリサは興奮で、顔を赤くした。
「え?」
「ファビオ様は重要なお立場ですのに、奥様には私の様な見張りがついているのが不思議だったんです」
「ああ、そうね。そう言う事なのよ」
「私、奥様についていきます!」
マルグリットは、アリサの単純さに救われた。
「あら、まだ何も言ってないわよ」
「この前、おっしゃったじゃありませんか。自分達に付いて来るか、王室に戻るかって」
「あぁ、そんな事、言ったかしらね」
ふふっとマルグリットが笑った。
「私、何でもします」
可愛らしい手先が出来たわ。
優越に浸るマルグリットは、アリサの自分を見る目が一瞬変わった事に気が付かなった。
リエーキの暴動は、国王アルセンの活躍で鎮圧傾向にありムートル国への影響は非常に少ない。
そう判断された夜、ファビオはスヴェンの勧めで久しぶりに家へ帰った。
「まぁ、ファビオ様お帰りなさいませ!」
ファビオを迎えたのは頬を赤くそめたアリサだった。
「母は?」
「奥様でしたら、今お買い物に」
何でもないようにアリサが言った事に驚いた。
「君は、母に付いてなくて良いのかい?」
「アリサとお呼びくださいファビオ様。ええ、大丈夫ですわ。奥様が何かなさるわけないじゃないですか」
「そう、だったら良いんだ」
ファビオは胸騒ぎがした。
次話も、よろしくお願いします。




