代償16
結局エヴァは、レナに何も尋ねる事なく、食事が終わると早々に帰ってしまった。
レナもあえて何も言わずエヴァを送り出した。
「少し一人で考えたいの。明日、また来るわ。カーラの赤ちゃんに会いたいし」
レナにそうは言ったものの、明日までにこの混乱した頭の中が整理できるとは思えなかった。でも、もしかしたら家に帰って少し眠れば何かが変わるかもしれない、そんな気もしていた。
エヴァを送り出した後、昨夜はあまり眠れなかったレナは、ベルに無理やり寝かされていた。
最初はカーラの出産に神経が高ぶっていたのか、なかなか眠れなかったが、カーテンを閉め切って薄暗くした部屋で横になっていると、いつの間にか眠ってしまっていた。
「おや、眠っている様だよ」
「昨夜はカーラの騒ぎで、あまりお休みになれなかったですから」
部屋に人が入ってくる気配で、眠りが浅くなった。
どうやら入って来たのは、カリナを連れたエリザの様だ。
夢現つでカリナとエリザの声を聞いていた。
「カーラ、助かって良かったね」
「本当に……。では、私は行きます。マルグリット様を待たせてしまっているので」
「行くのかい?」
「はい、ハンス様が間もなくお戻りになられますので、入れ違いで」
「気をつけるんだよ」
「はい」
誰かが部屋を出て行く気配がした。
レナは再び深い眠りに落ちた。
「レナ?」
名前を呼ばれて目が覚めた。
名前を呼んでいたのはハンスだった。
「ハンス、お帰りなさい。お迎えもせずごめんなさい。何だか凄く疲れたみたいで……」
ハンスは、寝ぼけ顔のレナの髪を優しく撫でた。
「仕方がないよ。妊婦さんだし、今朝はカーラの事で大変だったんだろ?」
「カーラに会いに行かなくっちゃ」
起き上がり直ぐにでもカーラの元は行こうとするレナの身体をハンスが抱き締めた。
「ハンス?」
「もし、レナがカーラの様になったら……」
レナ自身も考えない訳でもなかったし、実際い怖いと思った。しかしそれは、出産が怖いのでも死ぬ事が怖いのでも無い。もし自分が死んでしまったら、誰がこの子をタルメランから守るのか。そして、この子を守るためにどれだけの命が奪われるのか。タルメランなら、やりかねない。その事が怖かった。
「その時は、ハンスがアルセンにお願いしてね」
「アルセン? あの馬鹿に何を?」
そうか。ハンスはアルセンの勇気ある行動を未だ知らないのだ。
「本当はアルセンは勇気ある人だったのよ」
エヴァとアルセン。そして瀕死のカーラを見たアルセンの行動。これは話すのに長い時間が必要だとレナは思った。
カーラの容態はアルセンの連れてきた医者のお陰で安定していた。しかし、その記憶があるのはほんの一握りの者だけで、他の者は大変なお産だった、と言う程度の記憶しか残っていない。
「どちらにせよ、カーラが無事で本当に良かったわ。私の知り合いなんかは、子供も母親も助からなかったもの」
一仕事やり終えた達成感から、高揚しているマルグリットが興奮気味にアリサに言った。
「そうですか」
アリサにしてみれば、予定外の行動をされてしまい、何と報告すれば良いのか不満だった。
「マルグリット様は、ご自分の経験を生かして一人の女と子供の命を救われた、そう報告すれば良いのよ」
部屋に入ってきたエリザは、アリサにそう言い放った。
どうやらこの若いメイドは、マルグリットと自分を軽視している。エリザには手に取るように分かった。この若さで国王預かりの女の見張りを頼まれたのだ、勘違いするのも仕方がないが、ここは釘を刺しておかないと後々面倒な事を起こすのが若いメイドだ。これまで何人を叱り飛ばし実家に送り返した事か。
「はい、そういたします」
アリサは挑戦的にエリザを見据え応えた。
全く、こんな鼻っ柱の強い小娘を連れて行かなければならないのか。
エリザは思わずため息をついた。
「で、私に用事って何かしら」
マルグリットは二人の様子を気にすることなく、まだ興奮から覚めていなかった。
「見ていただきたい物があります。少し遠いので旅の支度をさせております。整い次第出発です」
「そんな予定、私聞いておりませんので同行する事はできませんわ。私が同行できなければ奥様も」
アリサが最後まで言い切らぬうちにエリザが一枚の書類をアリサに手渡した。
「これは……」
コサムドラ内でのマルグリットの行動の一切を、エリザに任せる。
ムートル国ブルーノ王からの書類だ。
ハンスが兄ブルーノから預かり持ってきた物だった。
流石にこれにはアリサも従わないわけにはいかなかった。
次話もよろしくお願いします。
(アリサ、なんか面白そうな子が出てきました)




