代償14
まさか突然カーラが産気づくとは思いも寄らず、エリザは慌ただしい時間を過ごしていた。
ベルはカーラに掛かりっきりで、エリザがカーラの実家に知らせを走らせたり、落ち着きなく城の廊下をウロウロするエリックを叱りつけたり、レナとエヴァそしてアルセンにお茶を用意させたり、と疲れ切ったところに、来客が来た。
「マルグリット様がおいでです」
そうだった。
すっかり忘れていたが、マルグリットを呼んでいたのだった。
エリザの部屋に通されたマルグリットは、居心地悪く待っていた。
「何だか殺風景なお部屋ですわね」
余り軽口をたたく方ではないアリサも、つい言ってしまうほど殺風景だった。
「でもここは、この城で一番偉いメイドの部屋よ」
「まぁ、そうですの?」
物珍しいのか、アリサは部屋中を眺め回していた。
扉のノックと共に、お茶の用意をしたエリザが入って来た。
「お呼び建てして、申し訳ありません待ったマルグリット様」
「いえ、私も退屈してきてのよ」
「実はカーラが先ほど城の中で産気づきまして、慌ただしくしております。お部屋を用意いたしますので、そちらでお寛ぎ下さい」
エリザは、用件だけ言うとまた部屋を出て行ってしまったが、暫くすると別のメイドが、部屋の用意ができたと呼びに来た。
カーラの出産は順調だった。
「長丁場になるからね、食べられる時に食べなさい」
ベルは産婆の到着を待っていたが、どうやら遠くの街に出かけているらしく、間に合いそうにない。
これは出産経験者で乗り切るしかない、ベルは城の中で出産経験のある者を探すようエリザに命じた。
エリザが最初に浮かんだのはマルグリットだった。何となく、気分の良いものではなかったが、ここは仕方がないマルグリットに頭を下げよう。
カーラの両親もやって来たのだが、エリックを見ると挨拶だけして帰ってしまった。
今まさに娘が子供を産もうとしていると言うのに、まだ庭番のエリックとの結婚を認めていないのだ。
「すみません……」
エリックは肩を落とした。
「何言ってんだいエリック。今カーラはあんたの子を産もうと命懸けで戦ってるんだ。落ち込む暇があるなら手伝いなさい」
ベルは、すっかりしょげ返ってしまったエリックにはっぱをかけた。
オロオロと落ち着きのなかったエリックだが、落ち込んだ事で落着きを取り戻したようだった。
「何が僕にできる事はありますか?」
「じゃぁ、カーラの腰をさすってやっておくれ」
「はい」
エリックは、苦痛に耐えているカーラの腰を一生懸命さすった。
カーラは陣痛の波さえ去ってしまえば、ごく普通に会話も食事も出来た。
レナとエヴァが、例の本を何とか最後まで読んだところでカーラの陣痛が始まって三時間が経っていた。
こっそり部屋を覗きに行くと、カーラがエリックと談笑をしていた。
「あらカーラ、平気なの?」
「そうね痛い時は痛いけれど波がある感じ。この分だとまだまだなんですって」
「いつ頃産まれそう?」
エヴァは興味津々だ。
「ベルさんの予想だと、明日の朝みたい」
「オレ一度家に戻って、準備してた物を取ってくるよ、直ぐに戻るから」
エリックが居心地悪そうに部屋を出て行った。
「ごめんなさい、お邪魔だったかしら」
エヴァは、エリックの出て行った扉を見た。
「良いの、まだ先は長いんですもの、あいたたたたた」
「ベルを呼んでくるわ!」
ベルを探しに行こうとするレナの腕をカーラが掴んだ。
「まだ大丈夫ですから!」
「そうなの……?」
「はい」
「産むって大変なのね……」
カーラに水を飲ませながらエヴァが呟いた。
「お部屋にいらっしゃらないから、何処にいらしたのかと思えば」
やって来たベルがため息をついた。
「だって、心配なんだもの」
「レナ様はご自分の心配をなさってください」
ベルに追い出され部屋へ戻る時、廊下の暗闇に人が一人立っていた。
レナは産婆さんかと思っていたが、すれ違いざまに気付いた。下を向いていて分かり難いが、間違いなくマルグリットだ。
レナの寝る準備をしに来たエリザに聞きたかったが、今夜はエヴァがレナの部屋に泊まるため、聞けなかった。
どうしてマルグリットが城にいるのだろう。
「明日はお店が休みの日で良かった。まさかレナの部屋に泊まる事になるとは思わなかったけど」
エヴァが広く天井も高いレナの部屋を見渡した。
「前にも泊まりに来てくれたじゃない」
「あの時は、私直ぐ帰ってしまって……」
そんな事もあったわね。
思い出話に花を咲かせているウチに、二人は眠ってしまっていた。
何だか騒がしい。
もう起きる時間なのかしら。
でも、まだ誰も起こしに来ないわ。
廊下を行き来する足音でレナは目が覚めてしまった。
まだ、夜が明け切らない時間。
騒ぎにエヴァも目が覚めたらしい。
「ねぇ、もしかしてカーラの赤ちゃんが産まれたんじゃない?」
エヴァの一言で二人は、カーラがお産に挑んでいる部屋へ向かった。
部屋に近付くと、何だか新しい命が産まれた雰囲気ではない。
騒ぎを聞き付けて、アルセンも起き出してきていた。
部屋の中からはエリックの泣き叫ぶ声がする。
レナは通りかかったメイドを捕まえた。
「カーラは? カーラの赤ちゃんは?」
「それが……」
メイドはそれだけ言って逃げるように去って行った。
次話も、よろしくお願いします。




