代償8
おめでたい話なのだが、この話だけはなかなか言い出しにくい。婚姻の儀さえ終えていれば何の問題も無かったのだが……。
しかし、この話をしなければ、タルメラン王が何を望んでいるのかが、話せない。
「アンドレ様、それから……」
「ハンス、私達は義理とは言え親子になるのだ。父と読んでくれ」
「はい、それでは父上」
ハンスは、息を思い切り一つ吸って、その息全て使って言った。
「父上、父上は間も無くお爺様です!」
「そうか……」
「はい」
「え?」
「……」
執務室に沈黙が広がった。
「どどどど……」
アンドレは、どう言う事だと言いたかったのだが、どう言う事もこう言う事も無いではないか。
「レナが懐妊したと言う事か?」
やっと言葉が出た。
「はい」
「こう言う場合、私はどうしたら良いのだ?」
「え?」
ハンスが驚いた顔をしたお陰で、アンドレは打開策を見出した。
「ハンス、ベルを呼んでくれないか」
「はい」
ベルを探しに執務室を出た所で、ばったりとベルに遭遇してしまった。
「ベルさん!!!」
「ハンス王子、お帰りと聞いて慌ててまいりました。レナ様は? レナ様みつかったんですの?」
「はい、あ、父上がお呼びです」
「はいはい」
ベルは、レナの無事を知ると安心したのか、ひょいとアンドレの執務室に入って行ってしまった。
慌ててハンスもベルの後を追った。
レナの懐妊を知ったベルは、一緒黙り込んでしまったが、次の瞬間には婚姻の儀を前倒しにする相談をアンドレにし始めた。
このままではレナの希望を言う前に事が運んでしまいそうだった。
「あ、あの!」
「なんでございますか、ハンス様」
口を挟むんじゃありませんよ。
ベルの顔に書いてあるようにハンスには思えた。しかし、ここで食いさがる訳には行かない
「実はレナが……」
一体この若い王子は何を言いだそうとしているのだ。
アンドレとベルの視線にハンスは耐えなければならなかった。
「そんな事、絶対に許されませんよ。二代続いて城の外でお子様を出産するなんて、絶対に許されません」
ベルがきっぱりと言った。
「産まれるまでなら良いかな、ベル」
レナはエリザと二人で湯に入っていた。
「エリザは温泉は初めてなの?」
「はい、レナ様は来られた事があったのですか?」
「うん、ここでは無いけどプルスの街の近くにも温泉があってね、ママと行った事があるわ」
「そうでしたか」
「私はこの子とこの街で静かに暮らしたいんだけどな」
レナがそっとお腹を撫でた。
「恐らく無理ですよ」
「そうよね。そうはいかないわよね」
レナ自身も無理なのは分かってはいたが、母アミラと自分が過ごした13年間の様な日常を望んでいた。レナにとっては平和な日々だった。
ハンスは、アンドレの伝言を持ってレナの元へ向かった。
アンドレの執務室では、アンドレがベルに睨まれていた。
「そんな顔をするなベル」
「アンドレ様は、レナ様の我儘に付き合い過ぎです」
「いや違うよ、ベル。私はレナを信じているんだよ」
「いいえ、それは信じているのではなく、甘やかしているのです」
「レナは、私達が思いもしないような悩みや苦労をしているんだ。少しくらい良いだろう」
確かにアンドレの言う通りではあるが、ベルは納得出来ない顔をしていた。
「レナの体調が落ち着くまでの間だけだよ。婚姻の儀には必ず戻らせるから」
「当たり前です! では、婚姻の儀の準備をしなければいけませんので、失礼しますよ。まったく、エリザはいつ戻るんでしょうね」
ベルは執務室を出ようとして、何かを思い出したかのようにアンドレを振り返った。
「そう言えば」
「え?」
「そう言えば、ルイーズ様もアンドレ様に甘かったです」
ベルはそれだけ言って出て行った。
次話もよろしくお願いします。




