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代償5

「だいたいギード、来るのが遅いんだよ。あんたは何時もいざとなると、躊躇するだろう。それが良くない。思い切る時は思い切らなきゃダメなんだよ。そんな意気地なしだと、大事な物をなくすよ」

 からこれ三時間以上、レナの後を追うハンスはカリナからの叱言を聞き続けていた。

 しかし、その多くはハンスの耳には留まる事はなかった。


 この宿の老婦人の作る食事がレナの身体に合ったのか、温泉が良かったのか、随分と身体の調子が良くなった。

「小さな街だから、少し散歩に行きましょうね」

 レナはお腹に話しかけて、宿の近くを少し散歩に出ようとした。

「お客さん、お城の方の人かい?」

 老婦人に呼び止められた。

「え? あ、あの、はい」

 自分を探している誰かがここへ来たのかと思ったレナは、一瞬応えに詰まった。

「もしかして、ジャメルって人を知らないかね」

 思わぬ所でジャメルの名前を聞いたレナは、一瞬めまいがした。

「こんな人ですか?」

 レナは近くにあったメモ用紙に、ジャメルの似顔絵を描いた。

「あぁ、そっくりだ。この人だよ。お客さん上手だねぇ」

 老婦人は、レナの描いた似顔絵をしげしげと見た。


 レナは老婦人から預かった地図と鍵を持って小さな街を歩いていた。

 その家は宿から二十分程歩いた静かな場所にあった。

 扉の鍵穴にそっと預かった鍵を差し込むと、カチリも小さな音を立てた。

 それ程大きくはないが、十分な部屋数と広さ、そして風通しと陽当たり。全てにおいて申し分なかった。

 しかし、この家の主は、この家を見る事なく死んでしまった。

 家具も最低限揃えられており、今からでも生活を始められそうだった。全てジャメルの指示があったそうだ。

 城を出て、ここで暮らす。ジャメルは何時からそんな事を考えていたのだろうか。

 キッチンには、二人分の真新しい食器が揃えられてる。

 誰と住もうとしていたのか……。

 恐らくマルグリットだ。

 タルメランの言っていた事は、本当なのだろうか。ファビオの父親はタルメラン? とんでもない事を聞いてしまった。

 ここに住みたいな……。

 ジャメルは許してくれるだろうか。

 街の商店を少し回って、美味しそうな果物や菓子を買って宿に戻った。

「もしお客さんが良いなら、ジャメルさんが戻るまで、それほど長くはかからないだろうから、管理してもらえないかね。これから、別荘に人が集まり始めると、ここも忙しくなってね、あの家の管理をするのは、この年よりにはちょっと辛くて」

「分かりました」

 残念ながら、ジャメルはこの鍵を受け取りに来る事はないが、レナは快諾した。


 散歩で汗をかいたので、ゆっくりとお湯に使っていると、老婦人が来客を告げにやってきた。

「お客さん、ギードさんって方が来てるけど、部屋にお通しして良いかね」

「はい。お願いします」

 逃げている訳ではないのだから。

 レナは自分に言い聞かせて、湯から出た。


 ゆっくり、あえてゆっくりと部屋に戻った。

 部屋のドアに手をかけようとした瞬間、扉が中から開き、強く抱きしめられた。

「無事で良かった!」

 久しぶりのハンスの匂いだった。

「ハンス、会いたかった……」

「私もいるけどね」

 カリナの声に、レナは笑い出した。

「何笑ってるんだい」

 レナ自信、何を笑っているのか分からなかったが、急に気分が軽くなった。

「置いて行ってごめんなさい、大おば様。大おば様が一緒に行くと、話がややこしくなると思ったの」

 カリナが一緒でなくても、十分にややこしい話にはなってしまったけれど、急ぐ話でもない。レナには、他に話さなければならない事がある。この子を守るための話をしなければ。

 

「僕が親になるのか……」

 宿の女将から聞いてはいたが、少し膨らみ始めたレナのお腹に手を当てて、ハンスは困惑していた。

「私も城を出た時には気が付かなかったんだけど……」

 思い返せば城を出る前の数日間、ベルのお茶を飲んでいなかった。。

 ベルの作った『子供が出来ないお茶』。ベナエシでは、婚約期間中の妊娠を避けるために歴代の姫達が飲んできたものだと言う。

「あぁ、私もそれ飲まされたよ」

 カリナが思い出した。

「僕が親になるのか……」

 ハンスが同じことを呟いた。

「なんだい、ギード。さっきから同じ事を言って」

 レナも、ハンスの困惑顔に不安になった。

 お腹の子は、望まれていないのかも。

 ハンスは、真剣な顔で言った。

「男の子かなぁ。女の子かなぁ。名前考えないと」

「まだ早いわよハンス」

 拍子抜けしたレナは、思わず笑い出した。

次話もよろしくお願いします。

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