代償4
アルセンにけしかけられて城を飛び出してしまったが、本当にそれで良かったのだろうか。
ジャメルの亡骸が城に戻った時は、レナは必ず村に居ると確信したが、その確信も揺らいでいた。
何の証拠もないじゃないか。
しかし、可能性のある場所はしらみ潰しにさがして、唯一探せていないのが例の魔人の村だった。行くしかないのだ。
レナは、宿の女将が手配してくれた馬車に揺られていた。
少し気分が悪くなり、窓を開けると御者が気付いた。
「大丈夫かい? 客はあんただけだから、遠慮せず横になれば良いよ。具合悪いんだろ? 女将から聞いてるから、安心しな」
無骨な物言いだが、優しさが感じられた。
「ありがとうございます……」
レナは、座席に横になった。目を閉じると少し気分が楽になった。
そう言われて気付いたが、馬車はとてもゆっくりと走っている。それに、この座席に置かれたクッションも……。
女将の人の好い笑顔が思い出された。
きっと女将は私の身に起きている事に気付いてたのね。
レナは宿を後にした事を、少し後悔していた。しかし、これ以上自分と関わる人を増やしたくはなかった。
だって、迷惑をかけてしまうわ。
ふと目を開けると、窓から空が見えた。雲一つない、青い空だった。
私、こらからどうしよう……。
レナの目に涙が溢れた。
馬車のゆっくりとした揺れに身を任せていて、いつの間にか眠ってしまったようだった。
「あんた、着いたよ」
御者の声で目が覚めた。
馬車から降りると、小さな宿に到着していた。
温泉のある宿だった。
「この宿は湯の源泉から近いから少し熱いかもしれないけど、ゆっくり湯に浸かって疲れをとってくださいね。ここですよ」
老婦人が部屋に案内してくれた。
「はい、ありがとうございます」
通された部屋は狭いが清潔で居心地の良い部屋だった。
「あぁ疲れたわね」
ほっとしたレナは、思わず声に出して話しかけていた。
今、私、お腹の子に話しかけた?
本当に無意識だったが、今ここに自分以外の命があるのだと改めて実感した。
「そうね。私はもう一人じゃないんだわ」
そっと、お腹に触れると少し膨らみを感じた。
一体他の者達はどこを探していたのだろうか。
ハンスは、あっさりと村へと続く道の入り口まで辿り着いた。
この道を行けばレナがいるんだな。
間もなく陽が落ちてしまう。その前に着かなければ。ハンスが一歩足を踏み出そうとした時声がした。
「ギードッ!」
踏み出した足を下ろし損ねたハンスは、バランスを崩して尻餅をついた。
「あら! あんた大丈夫かい!?」
人の好さそうな女性が駆け寄ってきた。
「ギード、あんた来るのが遅いよ!」
女性のエプロンのポケットから声がした。
「カ、カリナ様?」
「ん? あんた、このクマの名前を知ってるのかい? レナの知り合いかい?」
そう言って、ポケットから見覚えのあるクマのぬいぐるみを取り出した。
「ええ、はい」
立ち上がったハンスは、尻餅をついたので泥だけけになっていた。
「今の季節陽が落ちるとエサを探して獣が山を下りてくるから、今夜はうちに泊まりな」
女将はハンスを宿に連れ帰った。
「これ、レナの忘れ物だから、必ずレナに渡しておくれよ。で、今度は二人、いや、三人で泊まりに来とくれ」
女将は、朝陽が昇るとハンスを追い出すように送り出した。
「三人? なんだそれ」
宿の主人が胡散臭そうに女将を見た。
「あんた、気が付かなかったのかい? 全くこれだから男はいけないよ。レナ、お腹に子供がいるよ」
「ええ!!!」
宿の主人とハンスそしてカリナの声が、人気のない別荘の村に響いた。
次話もよろしくお願いします。




