代償3
レナが目を覚ますと、そこは見覚えのある部屋だった。
食堂の方から、良い匂いがしてきた。
足も腕も動かすのがとてもおっくうだったが、空腹には勝てなかった。
食堂に向かうと、女将が笑顔で迎えてくれた。
「目が覚めたかい? お腹すいただろう」
女将は、身体の芯から温まるスープを出してくれた。
「まだたべられそうなら、おかゆにしようか?」
「いえ、大丈夫です」
急に食べたらお腹がびっくりしちゃう。数日ぶり、現実世界では数か月ぶりに、安心して眠り食事が出来た。
そうすると、頭によぎるのはタルメランの言葉だ。
初めてタルメランを心底恐ろしいと感じ、身震いがした。
少しでも村から遠い場所に行きたい。お腹の子を守らなくては。
「もう少し、ゆっくりして行けばいいじゃないか」
宿の女将はレナを引き留めようとしたが、レナがやつれた笑顔を返すだけだった。
「ちょっと、レナ。まわ私をここへ置いていく気かい!」
カリナが食堂のテーブルの上で騒いでいたが、レナは振り返らなかった。
ハンスの執務室にアルセンがやって来た。
「いつまで、この部屋に閉じこもっているつもりだ。大事な婚約者を探しにも行かないで」
そう言ってアルセンは甘酸っぱい香りのケーキを、ハンスの目の前に差し出した。
「な、何ですかこれは」
「私が産まれて始めて焼いた杏ケーキだ」
急な事にハンスが驚くと、アルセンが不機嫌に答えた。が、どこか声が弾んでいる。
「アルセン様がケーキを!?」
ハンスの驚いた顔に、アルセンは満足顔になった。こんなに感情を表情に出す人だっただろうか。特にここ最近アルセンの様子は、ハンスが側近をしていた頃とは比べものにならない。
「頂きます」
杏ケーキは、しっとりとしてほんのり甘く少し強めの酸味が大人の味だった。
「本当にアルセン様が焼かれたのですか?」
「なぜ嘘をつく必要がある」
「そうですね……」
「それを食べたら、今すぐ村へ向かえ」
「え?」
「このまま、この執務室でぼんやりレナ様の帰りを待つのか? ハンスに戻って良い子演じてるつもりか? そんな事で、あのレナ様の婚約者が務まってるのか?」
アルセンが一気にまくしたてた。
「しかし……」
煮え切らない態度のハンスに、更にアルセンは追い込む。
「分かった。では今直ぐ私が村へ向かってレナ様を探し出しリエーキへ連れ帰り我妻にする」
そう言ってアルセンは執務室を出ようとした。
「お待ちください!」
ハンスは自分でも驚くほど大きな声を出していた。
アルセンは振り返ると
「今すぐ行け!」
ハンスは、その声に弾かれたように執務室を飛び出した。
ハンスが城を飛び出した事に、エリザが気付いた。
「ハンスが居なくなっても、私がいるではないですか」
飄々としているアルセンをエリザが睨み付けた。
「そのような目で見ないでくれ」
「それは失礼いたしました」
「あ、少し聞きたい事があるのだが」
立ち去ろうとするエリザをアルセンが呼び止めた。
「何でございましょう」
「18歳の」
アルセンの声が思いの他小さかった。
「え?」
思わず聞きかえしたエリザにアルセンは、顔を赤くして言った。
「18歳の女の子に贈り物をしたいのだが、何をすれば喜んでもらえるのだろうか」
「はいぃぃぃ?」
今度はエリザの声が大きくなった。
ハンスは急用が出来た為、ほんの数日ムートルへ戻っている、と言う事になった。
次話もよろしくお願いします。




