代償1
「レナの行方が未だ分からない上に、ハンス王子までか行方が分からなくなってしまってはコサムドラの先が危ぶまれる事になる」
アンドレも、レナの身が心配だった。いや、この中の誰よりもレナを案じている。叶うことなら、今直ぐ何もかも放棄してレナを探しに出たかった。国王の立場など欲い者にくれてやる。アミラを守れなかった時の様に後悔をしたくない。
しかし……
「それが、敵の目論見やもしれませんよ」
レナやエリザ、そしてジャメルからの報告で魔人界の中で起きている異変だとばかり捉えていたが、アルセンの敵という言葉に、アンドレは戸惑った。
「敵……なのか……」
「分かりません。ただ、私なら敵の陰謀とみなして行動します」
アンドレは決めかねた。レナは以前にも城から忽然と姿を消し、そして無事に戻って来た。
「少し考えさせて欲しい」
ジャメルかさえ居てくれれば……。
アンドレは今までどれだけジャメルに助けられてきたのかを思い知らされ、喪失感に苛まれた。
「今日は美味しいオレンジが手に入ったので、オレンジのケーキを焼いてみたので、食べてくださいます?」
エヴァは、最近毎日の様に来店しているジャンに試作のケーキを出した。
「え? 私が味を見るのか?」
「ええ、ジャンの舌は確かなんですもの。この前は葡萄の酸味を指摘して下さって本当に助かりました。生のフルーツは味が安定しないから難しくて」
「私で役に立てるなら」
アルセンは、オレンジケーキを一口、口に運んだ。
エヴァは、食い入る様にアルセンの言葉を待っている。
口に入れた瞬間に広がるオレンジの爽やかな風味と酸味、そしてほんのりとした甘味が次の一口を誘う。
「うん、酸味も甘味も丁度いい」
「あぁ良かった!」
エヴァの嬉しそうな顔を見ると、アルセンまで嬉しくなった。
そうだ、今度リエーキ特産の杏をエヴァに持って来よう。エヴァならきっと美味しいお菓子にする筈だ。
不意に子供の頃母が焼いてくれた杏のケーキを思い出した。
「あら、ジャン。どうかしたの?」
「え?」
アルセンの頬に涙が伝っていた。
「何か変な味でもした?」
「いや、ちょっと亡くなった母を思い出してね」
アルセンは頬の涙を拭った。亡くした、いや、殺したが正解だ。
「あら、お母さん亡くなってらしたのね。お母さんの何を思い出したの?」
「母の焼いた杏ケーキを、思い出したんだ」
幼い頃は杏の甘酸っぱさが苦手だったが、今となっては母との大切な思い出の味だった。
「ジャンにとっては、杏ケーキが母の味なのね」
「今度国から美味しい杏を届けるよ」
「あら、本当に! 楽しみだわ」
「杏ケーキを焼いてくれるかい?」
「もちろんよ。でもジャンも手伝ってね。私、杏の扱い方知らないもの」
エヴァと二人で杏ケーキを焼く。思いもしなかったが、ひどく楽しそうに思えた。
明日にでもリエーキから杏をも持って来させよう。
アルセンのコサムドラ滞在は、思わぬ方向に進み出していた。
エリザがアンドレの執務室に呼ばれた。
「レナの居所は掴めたか?」
すっかり憔悴し切ったアンドレは、見る影もなくなっていた。
どうして私は兄の様に、アンドレ様をお支え出来ないのだろう。エリザは自分の無力さに肩を落とした。
「申し訳ございません。村へ向かった事は間違いないのですが、何をどう探しても村への入り口が見つからないのです」
「いや、エリザを責めているわけではないのだ。もしかして、レナ自身が城へ帰る気がない、という事もあるのだろうか」
エリザには否定ができなかった。ハンスとの婚約が、レナの意にそぐわないものであった事もエリザには分かっていた。しかし、ハンスとの仲は、若いメイド達の憧れの的になる程良かった筈。
「やはり何者かが関わっているのかと」
「それは敵なのか?」
「敵……?」
もし、敵となる存在がレナを返さないのだとすれば、それは戦の始まりを意味する。
エリザは嫌な予感がした。
次話もよろしくお願いします。




