王の悲しみ9
庭に突然現れたジャメルの柩に、ハンスはレナが村へ向かったと確信した。
「アンドレ様、私を村に向かわせて下さい」
レナが姿を消してから、何度も村への捜索隊が出されたが、どうしても村に辿り着く事が出来ないでいた。
しかしハンスには分かった。状況が変わったのだ。今なら、行けるかもしれない。
レナが姿を消してから程なく、コサムドラのレナ姫がまた病で伏せっていると噂が立った。
噂は、隣国リエーキのアルセンにまで届いた。
「もしかしたら、あの方がまた何かを仕掛けたのかもしれない」
アルセンの父セルゲイは、心配したが噂の真偽を確認するだけ、そう説得した。
アルセンは身分を隠してコサムドラにやってきた。
「しかし、腹が減ったなぁ……」
魔力を使えば、レナに気付かれてしまう。ここで魔力を使う訳には行かず、鳴り止まない腹を抱えて歩いていると、甘い香りがアルセンの鼻先をくすぐった。
もう、腹の虫は我慢の限界を超えており、ここへやって来た目的を忘れて匂いにつられて店先まで来てしまった。
「いらっしゃいませ」
店主なのだろか、若い少女が迎え入れてくれた。
「あら、お客様お城に御用ですの? では、私がお城までご案内しますわ。私も丁度お城の近くに様があったんです」
城までの道を尋ねただけなのに、何故かエヴァと名乗る若い女店主と二人で城を目指す事になってしまった。
アルセンは生まれて初めて見ず知らずの女性と二人でたわいも無い会話をしながら歩いた。
「城の近くに住む友達に、このお菓子を届けるんです」
「貴女の作る菓子はとても美味しいから、友達も必ずや喜ぶだろ……喜ぶでしょうな」
「だと良いんですけど、妊婦なんです。何だか味の好みも変わってしまう様で、少し心配なの」
アルセンが生まれて初めて味わう感覚だった。
エヴァの話は、アルセンにとっては何の関係もなく興味も無いはずなのに、ずっと聞いていたいと思った。
「私ばかりお話ししてごめんなさい。お客様は、どんな食べ物がお好きですか?」
「貴女の作る菓子が好きだ」
口からついて出るとは、この事か。
エヴァも、一瞬驚いた顔をしたが、にっこりと微笑み
「ありがとうございます。そう言って頂けて光栄です」
と、アルセンの顔をしっかりと見て言った。
「そうだ、私お客様のお名前も聞いていなかったわ」
「アル……、ジャン。ジャンだ」
「では、ジャン。私はここで。城の門はここ道を進めば直ぐです」
「ああ、また店へ行くよ」
「お待ちしてますわ」
エヴァは、そう言って小さな家へ入って行った。
また、あの店に行こう。あの子、エヴァの事がもっと知りたい。
「カーラ、入るわよ」
返事がない。
何かあったのかしら……。
裏にある小さな庭を覗くと、更に大きくなったお腹を抱えたカーラが洗濯物を干していた。
「ああ、エヴァ。気付かなかったわ。すぐ終わるからキッチンで待ってて」
レナが城から姿を消して、既に二ヶ月が経っていた。
「レナ様の友人アルセンと申す男が参っておりますが、どうされますか」
ハンスの元にアルセンの来訪が知らされた。アルセンと言えば、あの男しか思い浮かばない。
「会おう」
レナの行方を知っているのかもしれない。
やはりあのアルセンだった。
「アルセン様……」
何しにここへ、とはさすがに言えない。
「ギー……、いやハンス王子、暫くここに置いてくれないか。そして私はその間、ただのジャンだ」
アルセンは、本来の目的をすっかり忘れていた。
「え?」
ハンスの驚いた顔に、やっと本来の目的を思い出した。
「あ、いや気にするな。レナ様がご病気と聞いて、思わず来てしまった。本当に病気なのか?」
病気ではないのだろう?
明らかにアルセンは、そう言っている。しかし、本当の事を言って大丈夫なのだろうか。
「ギー……、ハンス、レナ様から村の事はどこまで聞いている」
ハンスは確信した。
レナの行方がわからないまま二ヶ月が過ぎた今、やはり村へ向かうしかない。
次話もよろしくお願いし……え?アルセン、エヴァが好きなの!?




