王の悲しみ7
復活の儀式
レナは、久しぶりに城の外を一人で歩いていた。夜々が明けたばかりで、街に人の姿はなく、人目を気にせず自由に歩けた。この街を見るのもこれが最後かもしれない。
最後に一目、母と過ごしたのこ街と街の人を見たかった。
「大おば様、ここが私の生まれ育った街よ」
レナは城から、カリナを連れ出していた。
「そうかい。良さそうな街だね」
カリナはレナの覚悟に気付いていた。
「そう、本当に良い街なのよ……」
でも、これで最後かもしれない。エヴァの淹れた美味しいお茶が飲みたいな。こんな時間にエヴァの店が開いているはずもないが、レナの足は向かっていた。
「本当に良かったのかい?」
「何が?」
「城を出てしまって」
「私が城にいる事で、犠牲になる人が増えるのは耐えられない」
ジャメルの死は、レナの大切な人達を悲しませた。そして、ジャメルの死そのものもが、レナを巡るタルメラン王の謀だったのだ。
薄明るい街の中で、一軒だけ灯りの漏れている店があった。エヴァの店だ。
そっと中の様子を伺うと、エヴァが一人で食材の下準備をしていた。
そう、いつだってエヴァは働き者で努力家だった。
大切な友達。
……何だか誰かに見られている気がする。
エヴァは窓の外を覗いてみたが、そこに人の姿はなかった。
随分と長い距離を歩いた気がするが、疲れは感じなかった。
ただ、道を往来する馬車の数が増え、歩いている方が目立つ様になっていた。
「何処かで馬車に乗りましょう」
誰に教えられた訳でもないのに、行くべき方向がレナには分かっていた。
少し歩いた先で見つけた乗り合いの馬車に乗った。
同乗者達は、まさかこの少女が国王の娘レナだとは気付きもしなかった。
ぽつぽつと降り出した雨は、いつの間にか大雨になり、乗合馬車の行く手を阻んだ。
何とか近くの駅に辿り着いたものの、今日はここで宿を取るしか無かった。
「明日にはやむかしら」
レナの声は、窓を叩きつける雨の音にかき消されてしまった。
乗合馬車を乗り継ぎ、山の麓まで来た。
「この山を登る途中に、別荘の村があるんだ」
カリナの言う通り、山道を歩いて行くと突然山が開け、別荘地が広がっていた。
「おや、今年は季節外れのお客がよく来るねぇ」
宿の女将は人の良さそうな笑顔でレナを迎え入れた。
「本当に行くのかい」
ここまで来ても、まだカリナはレナを思いとどまらせようとしていた。
「大おば様、もうここまで来たのよ。引き返せないわ」
「そんな事はない。今夜はゆっくり身体を休めて、明日山を降りて城に帰れば良いんだよ」
「大おば様が、知ってる事を話してくれれば、考えなくもないわ」
「嘘だね。城に帰る気もないのに、そんな事を言って」
ふふ、と笑うレナの横顔をカリナは暫く眺めていた。
「そうだね。レナは知る権利がある」
「あら、話してくれるのね。生贄の事を」
「生贄ね。アミラがそう言ったんだね。確かに、そうだね、あれは生贄だった」
それはカリナがレナに行おうとしたあの復活の儀式だった。
「さぁ、おいで娘達」
タルメラン王は多くの妃を持ち、娘も多くいた。
「父の役に立ちたい子はどの子かな?」
娘達は、尊敬する父の役に立つのが名誉な事だと言い聞かされ育った。
カリナも、またその一人だった。
「はい! お父様私がお役に立ちたいです!」
まだ幼いカリナが、真っ先に手を挙げた。
「おお、カリナ。ありがとうね。でも、カリナはまだ小さいね。たくさん食べて、早く大きくなるんだよ」
タルメランはカリナに微笑みかけ、娘を一人選び出した。
「さぁ、ローザ。こちらへおいで」
ローザと呼ばれた少女は、母は違うがカリナの姉だった。
「はい、お父様」
前に歩み出たローザは、そのまま意識を失いタルメランの腕の中に倒れこんだ。
タルメランは懐から杯と小刀を出した。
「さぁ、始めるよ」
ローザの耳元で囁いた。
少女達は、これから何が始まるのかを知っていた。
タルメランは、ローザの胸に小刀を振り下ろした。小刀はローザの心臓を確実に捉え、引き抜かれた小刀には、今この瞬間までローザの心臓にあった血が滴っていた。
タルメランは滴るし血を愛おしそうに、杯に受け取り飲み干し。
少女達は、息絶えたローザを羨望の眼差して見つめていた。これで、ローザは最大の名誉を授かったのだ。
次話も、よろしくお願いします。




