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王の悲しみ2

 馬車の中ので、ハンスとマルグリットはまだ一言も言葉を交わしていなかった。

 ハンスは、いつの間にか眠ってしまっているが、馬車の中はハンスの魔力でマルグリットが逃走しないようにされている。

 レナ様の魔力には及ばないまでも、ハンス様の魔力も相当な物だわ。

 眠っていると思っていたハンスがマルグリットを見ていた。

 ハンスの視線に居た堪れなくなったマルグリットは、窓を開けようとした。

「その窓は開きませんよ」

 ハンスの穏やかな声がした。

「そ、そうでございますか……」

 マルグリットは視線を足元に落とした。

「マルグリットさん、一度誰かに聞いてみたかったのですが、良いですか?」

 マルグリットは驚いてハンスを見た。ハンスの方から、こんな風に話しかけてくるとは思ってもみなかった。

「ええ、もちろん」

「僕は母親と言う存在を知りません」

「リンダ様は早くに亡くなってしまいましたものね」 

「母だと思っていた人は、母ではなかった。そして魔力が目覚めた僕を恐れ遠ざけようとして事故が起きた。それでも、僕にとって母のあの事故で死んだ人なのです」

「それは仕方ありませんわ、ハンス様。魔力を持たない人間から見れば、魔人は恐ろしいものですもの」

 そう、恐ろしいはずなのに養父母はマルグリットを娘として本当に愛してくれた。そんな日々を壊したくない。王との取引に応じたのは軽い気持ちだった。

「少しでも母リンダの記憶があればよかったのですが」

  ファビオは今ごろどうしているのだろうか。マルグリットは、母について話すハンスを見ていて、息子ファビオの顔が浮かんだ。

 母が囚われの身となってしまい、ムートルで職を解かれてしまったのではないだろうか。

「ファビオは大丈夫ですよ。僕はファビオを信頼しています」

 マルグリットの目に、見る見る涙が溢れた。

「今回の事が無事終わって、自由の身になられたら、またムートルでお暮らし下さい。兄ブルーノにはそう伝えてあります」

「ハンス様、ありがとうございます」

 マルグリットの頬には、はらはらと涙が流れた。



「いつもならもう元気になる頃なのに」

 重苦しい腹部に温められた陶器を抱きしめて、三日目が経っていた。

「そんな時もあります。お忙しい日々を過ごされているので、気の流れが少し変わってしまったのでしょう」

 医者はそう言った。

「他の人の病なら治せるのに、自分の事となると駄目なのよね。特にこの月の物が絡むと特に駄目」

「明日も様子が変わらないようでしたら、ベル様にお薬を頂きましょう」

 エリザが温め直した陶器をレナに渡した。

「んー、不味いから嫌だけど、もうこれはそうも言ってられないわね」

 レナも流石に参っていた。



 窓から、ジャメルと逢瀬を重ねた宿が見えた。

 ジャメルは死んでしまった。

 ここへ来るのは、ジャメルが眠っている間に宿を後にしたあの日以来だ。そしてジャメルとは、あの日が最後になってしまった。

「マルグリットさん、どうかしましたか?」

 食い入る様に窓の外を見るマルグリットを心配したハンスが、声を掛けた。

「いえ、随分村に近付いたなと思いまして」

 慌てて窓のカーテンを閉めた。

「そうですか。レナも来たがっていたんですよ」

 ハンス様はレナ様の話をする時、本当にお優しい顔になる。リンダ様によく似ていらっしゃる。

「あら、いらっしゃれば良かったのに……」

「僕が安全を確認してから、と思っています」

「そうですわね」

 まだ大丈夫。

 王のお望み通り、レナ様は近いうちに村へ行くわ。そうなれば、王との約束は守れた事になる。ファビオの幸せも確約されたような物だ。自由の身になったら、ハンス様の御好意に甘えてファビオの元へ帰ろう。そして、裏の奥様にお願いして、ファビオに結婚をさせよう。

 先ほどまで萎み切った心が、自由に伸び伸びと豊かになり始めた。

 ファビオは結構ぼんやりだから、しっかりしたお嬢さんが良いわね。でも、余り気が強いと私と上手く行かないかもしれないわね。

 マルグリットは、華やいだ気持ちになり、一刻も早くこの旅を終わらせ、自由の身になる事が待ち遠しかった。

「後、どのくらいで着きますか?」

 窓の外の景色を見ながらハンスが言った。

「明日には」

 マルグリットの言葉に、ハンスの顔が引き締まった。


次話もよろしくお願いします。

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