絶望の日々9
次話も、よろしくお願いします。
ジャメルの遺体捜索は、本人からの提案で、王と面識のあるマルグリットを行させる事になった。
「私も居ますし、ベナエシの軍は相当強力ですので大丈夫です」
マルグリットを信用し切れずアンドレは心配だったが、ハンスに一任した以上ハンスが大丈夫と言うのなら、認めるしかなかった。
ハンス、コサムドラの警備隊数名、ベナエシの魔人軍、マルグリットが捜索隊となった。
「大おば様は行かなくていいの?」
捜索隊出発前夜、花嫁の間でレナはクマのぬいぐるみと一緒に月を眺めていた。
「ああ、私が行ったところで何が出来るわけでもないしね」
「レナ様、カリナ様をお迎えに参りました」
扉の向こうから、エリザの声がした。
「エリザ、入って来ておくれ。良いだろうレナ」
「ええ、勿論。どうぞ、入ってエリザ」
この花嫁の間は、レナかハンスの許可が無い限り誰も入れない。
「失礼します。カリナ様をお迎えに参りました」
エリザは、クマのぬいぐるみを大切そうに手に取った。
「どう言う事?」
「出発前の夜に、若い二人の邪魔をしたくなくてね。エリザに頼んでいたんだよ」
ハンスが全ての準備を終えてやって来た。
「ハンス、準備はすんだのかい?」
「はい、カリナ様。後は出発するだけです
「それでは、ハンス様、レナ様おやすみなさいませ」
エリザは顔色一つ変えず、クマのぬいぐるみとと共に去っていった。
花嫁の間には、レナとハンスだけになった。
「灯りも着けないで、また月を見ていたの?」
「うん……」
「今日の月は、特別明るいね」
「満月よ……」
レナは、そっとハンスの腕に寄り添った。
「どのくらいで戻って来れそう?」
「うまく行けば一週間かな……」
「無事に帰って来てね」
「勿論」
ハンスはレナに微笑みかけながら、こんな時間が永遠に続けば良いのにと思った。その一方では幸せ過ぎて、今度は何か大きな不幸が訪れるのではないかと、不安になった。
だめだ、明日朝には出発すると言うのに、こんな不安な気持ちでレナと別れたくない。 もし、本当に何かが起きた時、絶対に後悔する。
ハンスは、レナを自分の胸に引き寄せ強く抱きしめた。
「ふふふふふ」
レナが楽しそうに笑い始めた。
「どうかした?」
「大おば様の仰る通りになりそうだなぁ、と思って」
「カリナ様は何て言ってたの?」
「朝になったら教えてあげるわ」
「そんな意地悪を言うのは、この口かな……」
ハンスはレナの柔らかい唇を、ちょんとつついた。
「ふふふ」
レナは楽しそうに笑い、ハンスに抱き付いた。
「ハンス、やっぱり私とても心配なの」
ハンスの胸に顔を埋めたまま話すレナの声は、ハンスの身体の中にくすぐったく響いた。
「僕はレナを独りにはしないよ。何時だって、レナの元に帰って来ただろう?」
「そうね」
ハンスの胸の中でレナは深呼吸を始めた。
「レナ?」
「ハンスの匂いを忘れないように、沢山嗅いでおこうと思って」
ハンスはレナを抱き抱えて、ソファーに横たえた。
「じゃぁ、僕も」
そう言って、レナの胸元に顔を埋めて深呼吸をした。
「レナの匂いって、甘い匂いがするんだね」
「ハンスの匂いは、優しい匂いよ」
そして、ファビオの匂いは少し汗くさい深い匂い。
一瞬、レナの脳裏にファビオの事が過ぎった。忘れたつもりだったのに。
レナはファビオの面影を振り切るように、ハンスを求めた。
朝は、あっという間にきてしまった。
民の目を欺くために、豪商の妻と息子を装っての旅になった。妻はマルグリット、息子はハンスだ。警備隊と魔人軍は、さしずめ使用人と言ったところか。
欺くのは民の目だけではない。城の中でも目立たぬように出発するため、レナは花嫁の間での見送りとなった。
「ハンス、本当に無事に帰ってね。タルメラン王が強そうなら、何時でも私を呼んでね」
「大丈夫だよ。タルメラン王は僕達の曾祖父なんだから。じゃ行くね」
ハンスは、レナをしっかりと抱きしめ花嫁の間から旅立った。




