絶望の日々8
城の中に広がる血生臭さ。ジャメルの怨念を感じた。
タルメランは耐えられなくなり、ジャメルの実家裏に捨てたのは、結果的に良かったようだ。コサムドラの連中が、村に興味を持ち始めた。
「遺体が無い状態でジャメルの死を公表するのは、良くない憶測を生み、混乱を招く」
アンドレの最終決断で、村へジャメルを迎えに行く事になった。
「私も行きたい!」
レナは何度もアンドレに直談判したが、許可は下りなかった。
「私が行けば、その場でジャメルを生き返らせられるかも知れないの。お願い、行かせて下さい」
「そんな危険な事を、私が許せるわけがないだろう」
アンドレもジャメルが生き返るのなら、と頭を過る事が無いわけではなかった。しかし、レナの命危険に晒す可能性があるのなら、絶対に許可は出来なかった。そんな事、ジャメルも望んでいない。あいつはそう言う男だ。
「代わりに私が行きましょう。自分のルーツである村にも一度行ってみたかったですし」
名乗り出たのは、ハンスだった。
「では、今回のジャメルの件は、ハンス、君に一任しよう」
ジャメルと私的な交流のなかったハンスなら冷静に判断できる。アンドレはジャメルの遺体搬送から墓の建立、死の発表の全てをハンスに一任してしまった。
「レナも、ジャメルのは世話になったのだから、ハンスを手伝いなさい」
アンドレにそう言われては、レナも納得するしかなかった。
「村は今とても危険な場所なんだよ。そんな場所に女の子を行かせられる訳がないだろう」
「私は普通の女の子とは違うわ。魔力だって私の方が強いのに……」
毎晩、花嫁の間で繰り返される言い合いに、クマのぬいぐるみはうんざりしていた。
「本当にあんた達は煩いねぇ。頼むからエリザの部屋に戻しておくれ」
「カリナ様、レナを説得してください。このままでは、荷物紛れてでも、ついて来そうで」
「確かに、そんな勢いだね」
カリナが笑った。
ハンスは、カリナがこんなに笑う人だとは知らなかった。
「でもね、レナ。やっぱりレナは城に残るべきだ」
この件で、初めてカリナがレナに意見をした。
「タルメランと言う人は、本当に狡猾で策士だよ。今回私とエリザが行った時、姿を見せなかったのも何かの策だ。タルメランがレナ、お前に会いたがっている事を考えれば、村へ行くのはまだ早い」
「大おば様が、そう言うなら仕方がないわね。でも、そんな危険な人が居る所にハンスを行かせるのは心配じゃないの? 私は、とても心配よ」
「僕なら大丈夫だよ」
「ギードには、それなりの事を教えてきた筈だしね。ルイーズに頼んで魔人軍と連れて行くと良いよ。ルイーズには、私からの頼みだと言っておくれギード」
「国王に報告して早馬をお願いしてきます」
ハンスは、花嫁の間から出た。
アンドレの執務室に向かう廊下で、ハンスは昨夜のレナを思い出していた。昨夜のレナはいつもと何かが違った。レナが全身で自分を受け入れてくれている。自分の全てを無条件に受け入れてくれたのは、レナが初めてだった。
昨日の夕方、レナはカーラを通じて一通の手紙を受け取っていた。
それは差出人からレオンへ、レオンからエヴァへ、エヴァからカーラへ、そしてレナの手元に届いた手紙だった。
手紙は、たった数行だった。
『 もう、君に会う事は叶わないと思う。幸せになって下さい。 』
宛先も、差出人もないたった一枚の手紙。
レナには、誰からなのか直ぐに分かった。そして、ファビオとの事は、全てこれで終わってしまったのだと実感した。
そして、初めて自分からハンスを誘った。私は、この人の妻になり、この人の子供を産むの。そして、この人はいつかこの国の王になるのよ。私の魔力は、この国を守るためにある。きっと、そう。
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