絶望の日々5
村は日常を奪われたあの日のまま、時間が止まっていた。
「城に行こう」
カリナの言葉で城へ足を向けた。
一歩一歩、足を進める度に記憶が蘇る。
エリーとマルグリットの家の前に差し掛かった時には、あの飾り鈴の行方が気になった。
まだエリーの宝物入れに入っているのだろうか。古びてはいるが、あの日のまま家は残っている。中に入る事も出来そうだったが、エリザには確かめる勇気は無かった。
雑草が自由に伸び、中には朽ち果てた家を覆い隠すほど伸びている場所もある。
ふと自然に足が止まった。
ああ、ここはウチだ。
貧しい使用人の家は、主人の家と違って粗末な木造家屋で、朽ち果て見る影も無かった。
「あんたの家かい?」
「はい、兄がいるかもしれないので少し寄って行ってよろしいでしょうか」
「ああ、好きにすると良いよ」
人の気配が無いのは一目瞭然だが、エリザは足を踏み入れた。
屋根が落ちた時に飛び散ったのか、足元には古びた家財道具が転がっていた。
ああ、これは母が使っていた食器だ。遺品として持ち帰ろうかと手を伸ばした時、家の裏に異変を感じた。
家の裏は、父と母が丹念に手入れした畑があったはずだ。
胸騒ぎがした。
希望と絶望が入り混じった妙な気分に耐え切れず逃げ出しそうになったが、ここで逃げ出しては絶対に後悔をする。エリザは家の裏へ向かった。
後一歩と言うところで、落ち着く為に深呼吸をしようと足を止めた瞬間、視界の隅に周りとは過ぎた時間が明らかに違う布らしき物が見えた。
「兄さん!!!」
エリザは、駆け出した。
が、再び足が止まりエリザはその場に崩れ落ちた。
「この種、ここに蒔いて良い?」
幼いエリザが山の中で集めた花の種を、父の許しを得て蒔いた場所だ。
父は毎年花が咲くのを楽しみにしてくれていた。
エリザが村を去った後も、人知れず咲いていたのか、エリザの帰りを喜ぶかのように満開に咲き誇り風に揺れていた。。
ここを最後の場所と自ら決めたのか、誰かに打ち捨てられたのか、そこには変わり果てたジャメルの亡骸があった。
その目が最後に何かを見てから、随分と時間が経ったのだろう、変わり果て生前の面影など微塵も無かった。
しかし、エリザにはそれが兄ジャメルであると確信が出来た。
「エリザ、兄さんなのかい?」
「はい……」
「残念だったね」
別れにはまだ早すぎる、エリザは声を上げて泣いた。
どのくらいここに居たのだろう。
「エリザ、いつまでそんな事をしてるんだ。行くぞ」
ジャメルの声が聞こえた気がした。そうだ、何時までも、こうしてはいられない。
エリザは、立ち上がった。
「アミラ様が仰っていたのです。タルメラン王は生きている、と。探しましょう」
「兄さんは、このままで良いのかい」
「今、優先すべき事ではないかと」
エリザは、そっと兄の髪を一部をった。
その瞬間、その時を待っていたかのように、髪の多くは風に吹かれて飛び散って行った。
「これで充分です」
エリザは兄の遺髪を大切に胸元へ治め、振り返る事なく兄の亡骸から離れた。
兄さん、これで良いのよね。
小さな村だ、直ぐに目的の城に辿り着いた。
「どうだいエリザ。何かを感じるかい?」
カリナの言葉に、エリザは城に神経を集中させたが、何も感じられなかった。
「中に入ってみましょうか」
「やめておこう。エリザにまで何かあったら、ここまで来た意味がないよ。今回はこれで一度戻ろう。レナも待ってるだろうし」
カリナは確信があった。
城の中にタルメランが居る。もし、タルメランとエリザが鉢合わせしてしまったら、間違いなくジャメルと同じ運命になる。
エリザは来た道を戻り始めた。
今度は歩みを止める事なく、ただ前だけを見て歩いた。
「カリナ様、城へ戻る前に立ち寄りたい場合があるのですが、よろしいですか」
「ああ、構わないよ」
エリザは、足を速めた。
マルグリットはムートルで息子と二人、満ち足りた生活をしていた。
もう、コサムドラに戻るつもりも無かった。
ハンスが用意してくれた屋敷は、コサムドラの自宅よりも大きく使用人までいた。
「奥様、お客様ですわ」
メイドが来客を告げた。
「また、裏の奥様?」
裏の屋敷の妻は、ファビオにどうか、と知り合いの娘を次々と連れてきていた。
「僕は今仕事に慣れる事で手一杯で、そんなつもりはないから」
三日程まえにファビオに釘を刺されたばかりだ。
「昨日もお断りしたのにねぇ」
「いえ、裏の奥様ではありません。昔のお友達とか……。コサムドラからいらした様でございます」
「あら、マリアかしら。客間にお通しして頂戴」
マルグリットがムートルへ発つ日、寂しいと泣くマリアに、言ったのだ。
「何時でも遊びにいらして、ね」
早速来てくれるなんて、嬉しいわ。
マルグリットは足取り軽く客間に向かった。
次話もよろしくおねがいします。




