絶望の日々3
「お二人、本当に仲が良くて羨ましいわね」
メイド達の間で、レナとハンスは憧れの的になっていた。
ハンスは意欲的に仕事をし、時にムートルからの報告を受けムートルに帰る事もあったが、その多くはその日のうちにコサムドラへ戻って来た。
レナも、できる限りハンスを手伝った。
「仲のよろしい事は良い事ですが、お子様はまだ早う御座いますからね」
あまりに二人で居る時間が長いため、ベルが余計な心配をし始める始末だ。
しかし、ハンスの腕の中に居ると、とても安心できた。
エリザとカリナが村を目指して二月経つが、何の連絡もない。
もしかして……。
そんな思いが過るが、誰も口にはしなかった。
お腹の膨らみと共に体調の安定したカーラが、短時間だが仕事に復帰した。
「あら」
レナの書類整理を手伝っていたカーラが手を止めた。
「なに、どうかした!? 産まれるの!?」
「産まれるのはまだまだ先ですよ。でも、今お腹の中で動いたみたいで、あ、ほらまた!」
カーラがレナの手を自分のお腹に当てた。
「ほんと、動いた!」
「最近、よく動くんです」
「何だか不思議な感じね。あまり無理しないでね」
「はい。でも、皆さん本当に良くしてくださるので、少しでもお役に立ちたくて」
カーラとエリックは、アンドレが用意した、城の直ぐそばの小さな家で生活を始めていた。
ベルは二人の子が産まれたら、自分が手伝うのだと昨夜もおむつを精力的に縫っていた。
表向き平穏な日々が過ぎていたある日、ハンスの様子が少しおかしい事に、レナは気付いた。
「疲れてるんじゃないの? 少しお休みを頂いたら?」
「大丈夫だよ、このくらい」
ハンスはそう答えたが、レナはハンスの身体が何時もより熱いと感じた。
ハンスが会議の最中に倒れたと連絡があったのは翌日の夕方だった。
朝食も昼食も大して口にしなかったハンスを案じていたレナは、直ぐに駆け付けた。
部屋に運ばれたハンスは、高熱で意識も朦朧とし、身体には無数の発疹が出ている。
呼ばれた医者が険しい顔で言った。
「今、街で流行っている病かもしれません。もし、そうであれば非常に厳しいです」
もし流行病なら大変と、ハンスの周りから人払いがされた。
レナも近付く事を禁止されたが、聞き入れるレナではない。
「病人を独りにする気? 私は婚約者なのよ。看病させて頂戴。さ、みんな移ると行けないわ。出て行って」
医者を含めた全員が、レナに追い出されてしまった。
「何と勇敢で愛情深い姫様だ」
医者は感動して涙まで流しながら帰って行ったが、アンドレとベルにはレナが何をしようとしているのか分かっていた。
二人きりになるのを見計らって、レナは熱で意識の朦朧としたハンスを抱き起こした。
「ダメだよレナ。君に負担をかける訳にはいかない」
ハンスは拒もうとするが、既にレナの魔力はハンスの身体を駆け巡っていた。
「婚約者に流行病で死なれる方が、よっぽど負担よ」
レナは余裕の笑顔をハンスに見せた。
翌日、ハンスの熱はすっかり下がり食欲も戻った。
しかし、今度はレナが熱を出して寝込んでしまった。
「カーラとエリックを、レナ様に近付けてはいけません。妊婦に移ったら大変な事になる」
ベルは大騒ぎをしたが、レナは夕方には元気な姿を見せ医者を驚かせた。
「ほら、私は大丈夫って言ったでしょ?」
ハンスはレナを助けたくて、レナの役に立ちたくて側にいるのに、またレナに助けられてしまった。
「ありがとうレナ……」
落ち込むハンスに、レナは言った。
「私達夫婦になるのよ。助け合わなくっちゃ。そんな事より、こんな流行病が国に蔓延したら大変よ。対策を考えなくっちゃ」
レナの余裕の笑顔にハンスは、誇らしい気分になった。
レナとハンスの劇的回復は
「若いからでしょう」
と医者は結論付けた。
ただ、城の中に流行病を持ち込んだ高級役人は助からなかった。
「言ってくれれば、私が助けられたのに……」
報告を受けたレナは、花嫁の間で悔しがった。
「皆がレナの力を知ったら、国中から病人や怪我人が城に押し寄せてしまうよ」
ハンスがレナの髪を撫でながら言った。
「民の役に立つなら、それでも良いわ」
「そんな事をしたら、レナの身体が持たないよ」
「そうだけど……」
ハンスの華奢な指がレナの唇に触れた時、窓から何かが投げ込まれた。
「ただいま帰ったよ」
「大おば様!」
ハンスが慌てて、投げ込まれたクマのぬいぐるみを拾いテーブルの上に置いた。
「お帰りなさいカリナ様」
レナは窓から身を乗り出して、投げ込んだ人物を探した。
「レナ様、只今戻りました」
窓の下には、相変わらず無愛想なエリザの姿があった。
明日もよろしくお願いします。




