絶望の日々2
「ちょっと飲みすぎたかな」
今度はハンスの方からレナの唇を奪った。
ハンスは、レナとファビオに何があったのかを知っていた。ファビオの魔力程度では隠すことは不可能だった。
でも、レナは隠し通した。そして今、レナの方から……。
「私も少し飲めばよかったわ」
レナの微笑みにハンスの理性は飛んでしまった。
ハンスは本能のままにレナの身体を求めた。レナは、それに応えた。
「ハンス、こんなところで眠ったら風邪をひくわ」
レナの声で目が覚めた。
もう朝かと思ったが、窓からはまだ月明かりが見えた。
「そうだね……」
大きなソファとは言え、二人が横になるには少し狭く二人は全裸のまま抱き合い少し眠ってしまったようだった。
「でも、もう少しこのままでいたいな」
ハンスは、レナを抱きしめた。
「じゃぁ、もう少しだけね」
レナは、ハンスの腕の中に居心地の良さを感じていた。
エリザはクマのぬいぐるみと共に、馬で村へ向かっていた。
と言っても、村への道は何十年も前に兄ジャメルに手を引かれ歩いた道を思い出しながらの道だ。
「おそらく、山に向かえば見覚えのある道に出るかとおもうのですが」
「私も、遠い昔の事すぎて覚えちゃいないよ。近くまで行けば、何か思い出すと思うんだがねぇ」
なんとも頼りない旅を始めていた。
恐らく、思い出す。エリザには確信があった。
マルグリットの家へ立ち寄った時、見覚えのある飾り鈴が玄関扉に飾られているのを見た。
その時は、何も思い出せなかった。しかし、花嫁の間でレナが言った一言で、全てが蘇った。そうだ、あの飾り鈴は村で見た物だ。
あの村へは誰も近付けてはいけない。立っていられない程の恐怖をエリザが襲った。
あの飾り鈴は、エリーとマルグリットの父が娘に渡した贈り物だった。
とても綺麗で透き通った音のする飾り鈴だった。
幼かったエリザは欲しくてたまらなかった。
あの日、エリーが襲撃者によって消された時、エリザの脳裏に浮かんだのはあの飾り鈴だった。もしジャメルがエリザの手を離していたら、エリザはエリーの部屋に行って飾り鈴を探そうとしただろう。
目の前で起きたエリーの惨劇より、自分の物欲を満たそうとした幼い自分をエリザは無意識のうちに葬り去っていた。
村で暮らしていた頃のエリザは、エリーやマルグリットが羨ましくて仕方がなかった。子供だったエリザには、どうして自分は使用人の子供と言う理由で、エリーやマルグリットの様な生活が出来ないのだろう。マルグリットの髪飾りをいくつか盗んだ事もあった。
「この子は、ろくな大人にならないよ」
マルグリットの母が、言っているのを聞いた。
そんな矢先の襲撃事件だった。
拾われたコサムドラでの城では、ベルとルイーズに厳しく躾けられ、エリザの盗み癖は消えた。
マルグリットは、村でのエリザをどこまで知っていたのだろうか。知っていて、あの飾り鈴を玄関扉に飾っていたのだろうか。
「何を考えているんだい」
「え?」
「クマの中に閉じ込められて、魔力は使えなくても長く生きた経験はあるんだよ。レナが村へ行く事をあれほど阻止したのには、何かあるのかい」
村で生きた時間より、城で生きた時間の方がはるかに長い。生真面目で厳しすぎると言われている自分が、盗み癖のある子供だったなんて、絶対に知られなくない。
もし知られてしまったら、もう城には居られない。
「なんだい、そんな事かい」
「絶対に知られなくないんです」
知られたら、皆が軽蔑する。偉そうにしてるけど、子供のころは盗みをしてたんだ。と。
「まだ子供の頃の話だろう。年の変わらない子供を一緒に居させて、差をつける何て子供には理解できなくて当然だよ」
「でも、私は使用人の子でしたから」
「子供には、そんな事関係ないよ。それを教えるために使用人の子を、遊び相手に雇うんだがね。目の前で差をつけられたら、子供はひがむだけだよ」
エリザ、胸がいっぱいになって嗚咽し始めた。
「なんだい、急に泣き出して」
「子供の頃にカリナ様にお会いしたかったです」
「そうだね、私もお前の様な子が娘だったら良かったよ」
エリザは、カリナの見えない手で抱きしめられた気がした。




