絶望の日々1
レナは誕生日晩餐会用のドレスのまま、花嫁の間でぼんやりと月を見ていた。
今、この月を自分と同じ様に見ている人がどの位いるのだろう。ファビオも見てるのかしら。
廊下ですれ違った時のファビオの姿を思い出して、レナは不安に襲われた。
「そのドレスとても趣味が良いよ。良く似合ってる」
クマが言った。
「ありがとう。今日はお客様が沢山来られたのよ、大おば様」
「どうりで賑やかだったね」
レナは、クマにも月が見える様に窓辺にクマを置いた。
「本当に綺麗な月だね」
「でしょ」
「ギードは何をしているんだい」
「ハンスよ、大阪おば様。まだ残っているお客様のお相手をしてるわ」
「ギードで良いんだよ。私がつけた名前なんだから。何だい、まだ居座ってる迷惑な客が居るのかい」
レナは、クマの中のカリナが言う明け透けな言葉に笑い出した。
「何を笑ってるんだい。さっきは世の中の不幸を全部背負った様な顔をしていた癖に」
「あら、私そんな顔をしていた?」
「してたよ。エリザはまだ仕事なのかい?」
「お客様が帰るまでは、無理なんじゃないかしら」
「本当に迷惑な客だね。のんびり酒なんて飲んでる場合じゃないのに」
「本当に行ってしまうの?」
「ああ、一先ず私とエリザで行ってくるよ」
エリザとカリナは、レナの誕生日の催しが終わり次第、魔人の村に向かう事になっていた。
その夜、随分と遅くなってエリザはカリナと共に村へ向かった。
花嫁の間で独りになったレナは、また月を眺めていた。
またこの城に閉じこめられてしまった。エリザとカリナの持ち帰る報告次第では、レナも村へ向かう事にはなっていたが、魔力を持たない父アンドレが、どこまでそれを理解してくれるのか。
人間の世界にまで影響が及ぶ様になってからでは遅い、カリナはそう言って旅立った。
ハンスは暫くこのまま城にとどまる様だし、二人の後を追おうかしら。それとも、今のうちに城を抜け出してエヴァの所にでも行こうかしら。何なら、ムートルまでひとっ走りしてファビオを訪ねても良いわね。
「エリザとカリナ様は、もう出掛けたんだね」
いつの間にかハンスがレナの後ろに立っていた。
「びっくりした。ノックぐらいしてから入ってよハンス」
ハンスは背後からレナを抱きしめた。
「ごめんよ。灯りがついてなかったから、誰もいないのかと思って。今日は疲れただろう」
レナはハンスにされるがまま、月を眺め続けていた。
ハンスも月を見上げた。
「綺麗な月だね」
「でしょ、いくらでも眺めていられるわ」
ハンスは窓辺に椅子を持って来て、レナの隣に座った。
「そうだね」
暫く二人は無言で月を見ていた。
「エリザと大おば様は、どの辺りまで行ったのかしら」
「こんな遅い時間に出るとは思わなかったよ」
「そうね」
ハンスの手が、そっとレナの手を握った。
「僕はね、レナ」
「何?」
レナは握られた手を、どうして良いかわからず、されるがままにしてしまった。
それをハンスは、レナが自分を受け入れたのだと思った。
「レナ、僕は今度こそ、君を必ず守るから」
「え?」
「いや、何でもないよ。レナ、庭に出て月光浴しようよ」
ハンスは酒に少し酔っていた。
「そうね」
レナが立ち上がろうとして、ドレスの裾を踏んでしまい少しよろめいた。
「レナ、大丈夫?」
ハンスは慌ててレナを抱きとめた。
「ありがとう、大丈夫。さっさと着替えておけば良かったわ。晩餐用のドレスは裾が長いのよ」
「ごめん、僕が大丈夫じゃないかもしれない」
「え?」
「ドレス、脱がせてあげるよ」
ハンスの手がレナのドレスを脱がせ始めた。
「ちょっとハンス、やめて」
ハンスの耳にレナの言葉は届いていない。
「ねぇ、やめて!」
やっとハンスがやっと手を止めた。
「ごめん!」
慌ててレナから離れたが、既にレナのドレスは大方ハンスの手で脱がされていた。
「ごめん、レナ。少し酔ってるみたいだ。本当にごめん」
ハンスが部屋を出て行こうとすると、その背中にレナが抱きついた。
レナの脳裏に、ハンスの子供の頃の辛い記憶が蘇った。家族に拒まれた悲しい過去。
これ以上、ハンスに辛い思いはさせない。あのベナエシの温室の中で決めたのに。
「レナ?」
ハンスは振り返り、レナの顔を覗き込んだ。
「ハンス、お酒臭いわ」
レナは、ハンスに微笑みか、そっとハンスの唇に口づけた。
明日もよろしくお願いします。




