猛進の先15
「何だいギード、私の声を忘れたのかい」
ギードと言う名を呼ばれて、声の主がカリナだと、ハンスは気付いた。
「カリナ様……」
レナは、ハンスの腕から抜け出した。
「昔の事を知る方にお伺いしたくて、お休みのところ申し訳なかったけれど、起きて頂いたのよ」
「本当に申し訳ないと思ってるなら、クマのぬいぐるみは、よして欲しかったね」
ハンスは、クマのぬいぐるみを見つめた。
「こらギード、そんなに見つめると恥ずかしいじゃないか」
「え、あ、も、申し訳ございません」
ハンスは、クマのぬいぐるみに跪いた。
「ちょっとハンス、そこまでしなくても……」
クマのぬいぐるみ跪くハンスの姿に、レナは思わず笑ってしまった。
「でも……」
「別に構わやしないよギード。今や私もクマちゃんだからね」
「しかし、カリナ様……」
納得出来ないまま、ハンスは跪くのを止めた。
「じゃ、話をはじめようかね」
切り出したのはカリナだった。事態がこれ以上大きくなる前に、何とかしなければ。
「何をどうしようとしているのかは、分からない。ただ、一刻も早く止めなきゃならん、と言う事だけは分かる」
カリナは、そう締めくくった。
「では、僕はムートルへ戻って母リンダが居た地下を調べてみるよ。何か手掛かりがあるかもしれない」
「そうだね、リンダとアミラがタルメラン王と最後に過ごした魔人皇族の子供だ。何かあるかもしれない」
「えっ、もう行ってしまうの?」
ハンスが城を去ると言うことは、ファビオも一緒に行ってしまう。
「そうだね、数日中には」
「また何か大きな事件が起こる前に、何とかしたいんだよ。なるだけ早く行動するに越した事はないよ、ギード」
「承知いたしました」
そう言うとハンスは、再びクマのぬいぐるみに跪いた。
レナは自室に戻り旅の荷物を解いた。
ベナエシから歴史書を持ち出したかったが、カリナに止められた。
「その本には何か魔力が仕掛けられている筈だよ。ここから持ち出すのは危険だ」
カリナの言う事も一理ある。
結局ベナエシでわかった事は、全ての真相は母が生まれ育った村にあると言う事だけ。
ジャメルの行方も依然分からないままだ。
ファビオとハンスの気配が、レナの部屋に近づいた。
城に戻ってから、レナはファビオの姿を探していたが見付けられなかった。
久しぶりのファビオの気配に、レナは花嫁の間の夜を思い出して胸が高鳴った。
しかし、部屋に入って来たのはハンスだった。
「レナ、今いいかな」
「ええ、大丈夫よ」
ハンスにがっかりした気持ちを悟られまいと、レナは荷解きの手を止めずに応えた。
ファビオの気配は、遠ざかってしまった。
「レナ……」
ハンスは荷解きを止めようとしないレナの腕を掴んだ。
「!」
レナはそのままハンスに抱きしめられていた。
「おかえり、レナ」
ハンスはレナの身体が今そこにある事を確かめる様に、きつく抱きしめた。
「役人会議、大変だったでしょう。お爺さんばかりだから」
レナは、あえて仕事の話題をした。
「ファビオが随分と手伝ってくれたから、助かったよ」
仕事の話題は失敗だった。ファビオの名が、ハンスの口から語られた事にレナは動揺した。
「レナ、僕は君とファビオが惹かれあっている事は、前から知っていたよ。でも、レナの婚約者は僕だ。それを忘れないで」
そう言うとハンスはレナに無理やりキスをした。
「ハンス、ここはダメよ。人が来るわ」
レナは力一杯ハンスを突き放した。
「レナ……」
ハンスの悲しい顔に、レナは気持ちが揺れている事に気付いた。
「僕は必ずレナの気持ちを取り戻してみせる」
ハンスは、そう言い残し部屋を出た。
ファビオ、ファビオに会いたい。
レナは、揺れる気持ちを振り払おうとファビオの部屋へ向かった。
はい、まだ続きます。
次話もよろしくお願いします。




