猛進の先10
「全くレナの不器用さは誰に似たんだろうね」
ルイーズは、何十年ぶりかにぬいぐるみと一緒にベッドに入った。
ただ、このクマのぬいぐるみは喋る。しかも喋っているのは死んだ義姉のカリナだ。
「さぁ、私もレナの身内ではあるけど、あの子に私の血は流れてないからねぇ」
クマが言った。
「魔人は不器用……でも、ない。エリザは割と器用に何でもこなす子だったよ」
「エリザってのはレナが言っていた城で働く魔人の娘かい」
「娘ったって、もう良い歳だよ。でも、良い子さ」
ただ、とても無愛想なだけで。ルイーズはあえて言わなかった。ルイーズはわざわざ自慢の娘の欠点を言う親ではない。
「村が襲われた時に孤児になった兄妹らしいね。育ててくれて、ありがとうよルイーズ」
カリナから思わぬ礼を言われて、ルイーズ少し慌てた。
「べ、別に丁度同じ年頃の子供がいたしね」
「そうだったね。ルイーズ、あんたは親になれたんだったね」
暫くの沈黙が訪れた。幾つになっても、たとえ女同士であっても、いや、女同士だからこそ触れないほうが良い話もある。
「私に子供がいい理由が聞きたいんだろう」
カリナから切り出した。
「いや、別に構わないよ。何年生きたって話したくない事もあるもんさ」
もし、初めてこの城であったあの頃、こんな風に話せていたら、また二人の人生は今とは違ったものになっていただろう。
「私らは最初から、もっと親密になるべきだったんだ」
「そうだね」
「私も一度は妊娠したんだ」
カリナは、この事を初めて人に話した。
話しながら、泣いている自分に驚いた。
もちろんクマからは涙は出ない。しかし、ルイーズにはカリナが泣いている事が伝わった。
数日後、レナとカーラ、そしてクマのぬいぐるみに身を潜めたカリナがコサムドラに向けて旅立った。
カーラの体調を考慮して、普段の倍以上の時間をかけての旅となった。
「私も歳だし、長旅は腰が痛くなるんだよ。丁度良かった」
「え? ぬいぐるみも腰が痛くなるの?」
もし今魔力が使えたら、この生意気なレナの口を暫く開かないようにするのに。
カリナはレナを一睨みしてやろうと思ったが、クマのボタンの目では不可能だった。
リエーキとの国境のドプトス村に立ち寄る事になっていた。
もし上手くいけば、レナとカリナはリエーキに進入してアルセンに会おうと計画していた。
そのため、前以てエリックにドプトスまでカーラを迎えに来る様に手紙を出していた。
何のトラブルもなく二人と一体のぬいぐるみの旅はドプトス村まで辿り着いた。
しかし、ここでレナは国境警備のゴージェに見つかってしまった。
「レナ様! レナ姫様!」
相変わらずの大きな声に、レナは懐かしさを覚えた。
ゴージェと共に国境警備をしていた時、当時未だギードだったハンスと再会したのだ。あの時は、あんなにハンスの事が好きだったのに。それにアンと仲良くなった地でもある。
「ゴージェさん、お久しぶりです」
レナに名前を覚えて貰っていて嬉しいと、ゴージェは男泣きした。
ゴージェにとって、短い期間ではあったがレナと共に仕事をした事が、人生最大の自慢になっていた。
「さ、カーラはこの部屋ね。この村で何日か休憩して城へ帰りましょう」
レナは、宿の一室に未だ体調の優れないカーラを案内した。
ルイーズによると、カーラの体調は暫くこの状態が続く上に無理は禁物だという事だった。
「ありがとうございます」
カーラがフラフラと部屋の中に入って行った。
部屋の中では、先に到着していたエリックが、待っているはずだ。
「エリック!!!」
エリックが来ている事を知らされていなかったカーラの嬉しそうな声を聞いて、レナは扉を閉めた。
カーラの妊娠が分かってから、夫婦初めての対面。邪魔者は、さっさと仕事に移らなければ。それに、クマのぬいぐるみが口うるさくて大変なのだ。
レナは再会したゴージェに頼んで、上手くリエーキの領地内に入る事ができた。
「レナ姫様、本当に大丈夫でございますか? 何なら私が一緒に……」
ゴージェは小さな声で話しているつもりだろうが、やはり大きな声だ。
「何だい、この大きな声の男は」
クマが喋った。
「今声がしませんでしたか?」
ゴージャが辺りを警戒した。
「え? そうかしら?」
レナは慌てて、ポケットにクマを押し込んだ。
「ゴージェさん、ご心配ありがとう。でも大丈夫よ。リエーキのアルセン王と私はお友達だから」
ゴージェと別れたレナとクマは、直接リエーキの城を目指す事にした。
明日もよろしくお願いします。




