猛進の先9
マルグリット……
王の声がした気がして、思わず辺りを見回した。
「あら、マルグリットどうかしたの?」
「何だか誰かに呼ばれた気がして……」
「疲れてるのよマルグリット」
マリアが心配そうに、マルグリットの手を取り握った。
「そうかしら……」
久しぶりに時間が取れたので、夫の葬儀を手伝ってくれたマリアの元を訪ねた。
「まぁ! マルグリット! この前お宅にお邪魔したんだけど、何方もいらっしゃらなくて、心配していたのよ。さぁ入って。お茶する時間くらい、あるんでしょ?」
マリアは、快く迎え入れてくれた。
「隣の家があんな事になって、ご主人様亡くして、その上隣国へ引越す準備だなんて、疲れない方がおかしいわ」
「そうよね……」
そうであって欲しい。
そうよ疲れてるのよ。これ以上私に何ができると言うの。私はするべき事はしたわ。王もきっと認めてくださるはず。
「でもね、引越しはまだ少し先になりそうなのよ。せっかく準備したのに」
「あら、何かあったの?」
ファビオからは口止めされているけれど、マリアは信用できる人だ。
「ファビオがねハンス様の補佐の仕事で城に詰めているのよ。一人になる私を心配して通っていたんだけど、城に詰めた方が効率が良いでしょ?」
「え? ハンス様?」
マリアは、マルグリットが想像していた通りの反応を返してくれた。思った通り。話し甲斐のある相手だ。
「ファビオからは滅多に言っちゃダメとは言われてるんだけれどね」
「ハンス様って、レナ姫様の婚約者の?」
「そうなのよ」
「すごい! 大出世じゃないのよ!」
今ならアンの母親の気持ちがわかる。
息子の自慢話を黙っていられる母親が居るなら会ってみたいものだ。
「ハンス様のご活躍の影には、ファビオの尽力があるのね!」
マリアの言葉に、マルグリットは酔ったような良い気分になった。
最初は自宅から通っていたファビオだったが、仕事が本格的に忙しくなり帰る時間も無くなってきた為、結局で使用人用の部屋を一部屋用意してもらった。
あっと言う間に部屋は資料で埋め尽くされてしまったが、仕事には集中できた。自宅だと、どうしても母マルグリットの横やりが入る。遠慮がちに持ってくる深夜の夜食も、集中力が切れる原因でもあった。母に当たってしまう前に、城へ住まいを移して正解だった。
昨日あたりから、仕事にも慣れたのか少し落ち着いたので、明日は家に戻ろうか、そんな事をぼんやりと考える余裕ができた。
「ファビオ、私だ」
ハンスが訪ねてきた。
こんな事は珍しい。何か用があればファビオの方がハンスの部屋を訪ねるのが常だった。
慌てて扉を開けると、一通の手紙を持ったハンスが立っていた。
「レナが帰ってくるよ」
レナはルイーズの部屋の前で中の様子を伺っていた。
何十年も前とは言え、殺し合おうとして義姉妹なのだ。何かおかしな様子があれば直ぐにでも部屋に飛び込む覚悟だった。
「レナ、そこに居るんだろ。入ってきなさい」
ルイーズにばれていたようだ。
「はい……」
レナは叱られるのを覚悟で静かに扉を開けた。。
ルイーズの隣の椅子に、カリナが、いや正確に言うとクマのぬいぐるみが腰掛けさせられていた。
「さぁ、レナ。そこに座りなさい」
ルイーズに言われるがまま、二人の前の椅子に座った。
「どうしてこうなったかはカリナから聞いたよ。私がレナに聞きたいのは、どうして私の作ったクマだったのかって事だよ、レナ」
レナは、ポケットから、こんな事もあろうかと、持ってきていたぬいぐるみを出しルイーズに渡した。
それはクマらしきモノではあったが、耳の位置は左右大き違い、手足は何とも不自然な位置に縫い付けられていた。
「これは、クマ……かい?」
「一応自分でも作ったの」
「それは、ちょっと願い下げだねぇ」
カリナが言った。
「でしょ、カーラにお願いしようかとも思ったんだけど、やっぱりお祖母様の作ったものの方が良い気がしたの」
「確かに、これはひどいね」
ルイーズはレナの作ったぬいぐるみを採点するかの様、にじっくりと眺めた。
「これは落第だね……」
「私もこんなのに入れらなくて良かったよ」
この夜は針仕事の酷さを二人の老女から叱られた上に、実技指導までされてしまった。




