ある魔人の死8
少年ジャメルは、失った村での日々をやり直していた。
両親もエリザも、エリーとマルグリットの姉妹も皆そこに居た。ただ平凡で幸せな毎日。あの日の後も続く筈だった毎日がそこにはあった。
こんな筈はない。
ふとそんな意識が現れるも、直ぐに消えてしまう。ただ、それを何度か繰り返しているうちに、少年ジャメルは自分の中にもう一人誰かかがいる気がし始めた。
最初に気付いたのはエリザだった。
湿布薬の薬草と格闘している、ふと兄ジャメルの気配を感じた。
それは、直ぐ隣に立っているかのようだった。
「兄さん?!」
しかし、それは直ぐに跡形もなく消えてしまった。薬草を吸いすぎて、幻覚でも見たのだろうか。
それは、会議中のレナにも感じられた。
レナは会議が終わると、花嫁の間に駆け込んだ。
「エリザ、さっきジャメルの気配がしたんだけど」
薬草を刻んでいたエリザの手が止まった。
「やはりそうでしたか」
薬草の所為ではなかった。
「でも、あれ子供よね……」
レナの言う通りだった。兄ジャメルに違いはなかったが、それは子供だった。
「どういう事? ジャメルに子供いたの?」
「いえ、私は存じませんが、いたかも知れませんわね」
エリザは再び薬草を刻み始めた。
若い頃の兄は、随分と人気があった。あの影のある無口な感じが、若い女の母性本能をくすぐったのだろう。
もしかしたら、あの頃の相手の誰かが子を産んだのかも知れない。
「私、ジャメルを本気で探すわ」
レナの言葉に、エリザの手が止まった。
「兄はそれを望んでいないと思います」
「でも、この城にジャメルは必要よ」
レナが食い下がった。
「私ではお役に立てませんか……」
「そうじゃないけど……。」
レナも薬草を刻み始めた。
エリザは誰にも言わずに、ジャメルを探し続けていた。ジャメルに子供が居ない事も調べ上げた。
だとすれば、何をどうしても見つからなかったジャメル本人が、突然少年に戻ってここへ意識を馳せた。何かがおかしい。
しかし、レナをこれ以上巻き込むわけには行かない。
少年ジャメルは夢を見たのかと思った。
大きな城の一室で、薬草を刻むおばさん。
偉そうな人達と一緒に会議をしている若い女性。
あれは何だったんだろう。
「ジャメル、忘れるんだ。人間の中で暮らした事など忘れてしまえ。そして、ここで大人になってエリーと結婚すれば良い。お前の望んだ事だろう?」
この声……。
ジャメルは全てを思い出した。
「王様!」
少年ジャメルは、あの冷たく固い石畳の上で現実に戻っていた。
「どうだ、幸せだっただろう」
王の言う通り、ジャメルは幸せだった。
「我々の国を取り戻せたら、もっと幸せに暮らせるのだ。ジャメル、お前とマルグリットのおかげでレナを見つける事が出来た。レナさえここに来れば、全ては取り戻せるのだ」
危険だ。
この村は危険だったのだ。
恐らくマルグリットは、王に操られているのだ。
「いや、違う。ワシはマルグリットを操ってなどいない」
ジャメルの意識は完全に王に把握されてしまっていた。
「マルグリットは、自分の家族の幸せと引き換えにワシの手先になる事を誓ったのだ。まぁ、一度は逃げようとしたので、幸せを一つ取り上げたがな」
嬉しそうに笑う王に、狂気を感じた。
それは、レナとエリザが、ベルに例の薬草を湿布している時に起きた。
……エリザ、何があっても村には来てはいけない……
突然エリザの思考に飛び込んできた。
……姫君、救っていただいたのに申し訳ない。しかし姫君のお陰でエリザを人殺しにしなくてすんだ……
今度はレナに。
レナを姫君と呼ぶのはジャメルだけだ。
「エリザ、ジャメルが!」
「ジャメルがどうしたのです!」
突然叫んだレナに、ベルは状況が飲み込めず思わず大きな声を出してしまった。
しかしらエリザにだけはジャメルに何が起きたのか理解できた。
間違いない。
「兄が死んだようです」
エリザが静かに言った。




