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皇女物語(旧題 Lena ~魔人皇女の物語~)  作者: 弥也
戦いの17歳
133/271

ある魔人の死7

「長い間よく頑張ったね」

 母に頭を撫でられた少年ジャメルは涙を流していた。

 長い間待ち望んだ瞬間だ。母の柔らかく優しい手。

 そして、そのまま母の胸の中で眠りに落ちた。


 背中の冷たく固い感触は非常に不快だった。母さん、母さんはどこ。ジャメルは目を覚ました。

 少年ジャメルは、大人に戻っていた。

「ここは……」

 ジャメルは石畳で眠っていたようだ。

 何故自分がこんな所にいるのか、全くわからない。

「久しぶりの母の温もりはどうだった」

 声の主は、少し離れた場所に腰掛けていた。 細身で背の低い老人。

 ジャメルは見覚えがあった。

「王様!」

 老人は目を細めた。

「あの騒動の中、よく妹と二人生き延びたな。大したものだ」

「ここは……」

「村の城だよ。ジャメルは来た事はなかったかな」

 王は小さな子供に話すように言った。

「はい、うちはしがない使用人の家でしたので……」

 そうかそうかと、王は頷き静かに告げた。

「で、ジャメルお前は私の手伝いをしてくれるのだろう? 良い思いをしたのだ。その礼はして貰わないとな」

「良い思い……?」

 まさか。

 ジャメルには思い当たる節があった。この声、あの夜、耳元で囁いた声だ。

「おや、マルグリットでは不満だったか? まぁ、確かに少々歳がいってはおるが、魅力的な大人に育ったと、ワシは思ったのだがなぁ」

 王が下品に笑い、ジャメルは膝から崩れた。

 全てはこの王の陰謀だったのか。しかし、何のために。

「まぁ、あまり深く考えるな。そのうちマルグリットがあの娘を連れてここへ来るだろう。ジャメル、お前のおかげで、あの娘の力を目の前で見る事が出来た。そうだ、お前に礼をせねばならんのはワシの方だったな」

 その瞬間、今まで冷たい石畳だった足元が柔らかい草原に変わった。

 ここは、母とエリザの三人で来た小さな丘だ。

「兄さん、そんな所で座り込んでなにをしているの? 早くお弁当を食べましょうよ」

 まだ小さなエリザがジャメルの腕を引っ張っていた。

「え……?」

 向こうには母がお弁当を広げていた。

「ほらジャメルもエリザも早く食べなさい。鳥が盗みに来るわよ!」

 母だ。間違いない。

 いつまでも立ち上がらないジャメルに業を煮やしたエリザは一人で母の元へ駆けて行った。

「待って!」

 大人のジャメル思考が消えた少年ジャメルは、急ぎ妹の後を追った。



 マルグリットが自宅に戻ると、すっかり引越しの準備を終わらせたファビオが待っていた。

「母さん、どこに行ってたんだよ。もう、帰らないのかと思った」

「ごめんなさいね。ちょっと遠い街に住むお友達に挨拶に行っていたのよ」

 マルグリットは嘘をついた。

「せめて言って欲しかった」

 マルグリットは、少し大人びた様に感じる息子のここ数日の様子を探ろうとした。しかし、何も見る事も感じる事も出来なかった。

「随分片付けたみたいだけど……」

「うん、ここ何日かはずっと片付けに追われてたんだ」

 そう言ってファビオは軽く頭を掻いた。

 嘘だ。

 ファビオは小さい頃から、嘘をつく時頭を掻く癖がある。

「そう、ありがとう。助かるわ」

「近いうちにムートルから迎えが来るから、何時でも発てる様にしておいて」

 ファビオは、そう言って部屋に篭ってしまった。

 とにかくファビオが無事で良かった。私にはもうファビオしかいないのよ。

 マルグリットは自分に言い聞かせると、旅の疲れで重い身体を奮い立たせて、引越しの準備に取り掛かった。


 母が準備を始めたのか、何やらガサゴソと家の中が賑やかになった。

 レナ……。

 今頃何をしているんだろう。本当にまた会う事が出来るのだろうか。

 自室でのファビオは、レナの事しか考えられなくなっていた。

 あの部屋でレナに特訓を受け、そう簡単に心を読まれなくはなったが、レナとの事、ハンスが来た事、母に知られたくなかった。

 突然、何かが派手に割れる音がした。

「母さん?!」

 ファビオが部屋を飛び出すと、マルグリットがキッチンで食器を整理していて割ってしまったのか、手を切って血を流していた。

「止血しなきゃ!」

 ファビオは慌ててタオルで傷口を押さえた。

「ありがとう。もう大丈夫よ」

 優しい子。

マルグリットはたくましく成長した息子に見とれた。

「!」

 そっと傷の状態を確認しようと、傷口を見たマルグリットは息を飲んだ。

タオルを赤く染める程の傷だった筈なのに……。

 傷は跡形もなく消えていた。


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