ある魔人の死4
「お疲れが取れないようですね。酷い顔をしてしますよ」
朝、エリザに開口一番に言われてしまった。
ジャメルが城を出て行って以来、エリザの性格は益々冷静さを増し、その指摘は、辛辣で間違いがないもので、誰もがエリザから指摘されるのを嫌がった。
「大丈夫よ」
こうなったら意地である。
レナは睡眠時間を削って資料に目を通し、国政の勉強に励んだ。
それに明日はやっと会議のない日。会議の準備をしなくて良いので、ファビオを花嫁の間で会う事になっている。
会議が終わったら、少し休んでエリザの言う『酷い顔』を何とかしなければ。
レナの足取りは軽かった。
楽しみな事が待っている時に限って事態は悪い方へと進む。
会議が随分と長引いてしまった。
どうして年寄りと言うのは、自分の理解できない新しい事に対して、話も聞かずに反対をするのだろうか。若い高級役人と高齢の高級役人の間で、全く意味のないにらみ合いが続いた。
会議を終わらせたのはレナだった。
正確に言えば、レナのあくびだ。
昨夜も遅くまで勉強をしていたため、寝不足だったレナは不毛なにらみ合いに、つい気を抜いてしまった。
張り詰めた会議室に響くレナのあくび。
気が付いた時には、出席者全員の目線をレナが独り占めをしていた。
「ご、ごめんなさい……」
全員が笑った。
一番へそを曲げていた高齢の高級役人が大きな声で笑い始めた。
「いやぁ、レナ様を退屈させるような会議では、いけませんな。今日は私が引き下がりましょう」
無事、会議が終わった。
会議室の前で待ていたエリザは、中で何が起きたのか知って、鬼のような表情で立っていた。
どうにかエリザから逃げす方法はないものかと考えたが、何をどう考えても不可能だった。
「大きなあくび、だった様でございますわね」
レナの荷物を受け取りながらエリザが言った。
「まぁ、姫君を叱らないで上げてください。お陰で私が助かりました」
そこに立っていたのは、にらみ合いをしていた若い方の高級役人だった。若いと言っても、エリザやアンドレと同世代。レナからみれば『おじさん』なのだが、おじさんの割には端正な顔立ちで少々若く見えた。
「そうでございますか」
エリザはそう言って、先に歩き出したが、レナにはエリザの耳が紅くなっているのが見えていた。
「エリザ、熱でもあるの? 耳が紅いわよ」
レナもエリザの後に続いた。
エリザをからかったツケは、直ぐにやってきた。
「お疲れの様ですから、お部屋でお休みください」
そう言ってエリザに部屋に閉じ込められてしまった。夕食後、月が出たらファビオが花嫁の間にやって来る。それまでに片付けをしたかったのだが、仕方がない。
夕食後、急いで花嫁の間に行くと、既にファビオが到着していた。
「ごめんなさい、夕方片付けるつもりだったんだけど」
散らばった資料をかき集めて片付けるレナを、ファビオは手伝った。
レナが来る前に少し資料を手に取ってみたが、あまりに複雑な資料で、何の事が書かれているのかすら、分からなかった。
「難しい資料ばかりだね」
「役人のお爺ちゃん達が、わざと難しくしているのよ」
そう言って笑うレナの笑顔がまぶしかっ
ファビオの様子にレナが気付いた。
「どうかしたの?」
ファビオは息をひとつ小さく吐いた。
「今日はお別れにきた」
資料を片付けるレナの手が止まった。資料を落としそうになったが、なんとか堪えた。




