ある魔人の死3
「ハンス兄さん!」
ドミニクは、先程から心ここに在らずな兄ハンスの身体を揺す振り続けていた。
「ドミニク、やめなさい。今ハンスは仕事中だ」
兄でありムートル国国王であるブルーノがいくらたしなめても、止めようとはしない。
「でも、何か凄く怖いじゃないか。ハンス兄さん、さっきから人形みたいに動かない」
ドミニクの言う通り、ハンスは瞬き一つしないまま小一時間が経っていた。
流石にブルーノも心配になり始めた頃、ハンスが瞬きを一つした。
「ハンス!」
「只今戻りました」
抜け殻だったハンスの身体に魂が戻ったようにドミニクには見えた。
「ハンス兄さん、本当に今コサムドラに行っていたの?」
ドミニクは目を輝かせている。
「うん、そうだ」
「で、コサムドラでやはり何かあったようなのか?」
ブルーノも身を乗り出してきた。
「何かはあったようですが、国を揺るがす、というほどの事ではなさそうです」
「そうか、ならば良いのだが。しかし、その魔力と言うものは、本当に凄いな……」
「本当凄い! それ、練習したら僕にも出来るようになるかな?」
ドミニクの無邪気さにハンスは救われた。
マルグリットの家でファビオと対面した時、全くファビオの心が見えなかった。ファビオにまだそんな事が出来るとは考え難い。とすれば、レナしかいない。
「さぁ、どうだろうな」
「今度、僕に特訓してよ!」
顔では笑っていたが、何度レナの婚約者は自分だと言い聞かせても、落ち着かない気持ちに変わりはなかった。
「本当に大丈夫?」
マルグリットがジャメルの手を取った。
あの村から一番近い宿までやってきた二人は、ここで一晩過ごし明日早朝から村に入る予定にしていた。
「あの場所は、通らないようにしようと思う」
父の魂が立ち尽くす場所に、もう一度行く勇気はなかった。
「そうね。家族のあんな姿、本当に辛いものね」
「あぁ」
ジャメルは、マルグリットに握られていた手をそっと引いた。
「?」
つい数日前のジャメルなら、そのまま抱きしめてくれていた筈……。マルグリットを違和感が襲った。
「明日は早い。そろそろ休もう」
「ええ……」
二人は同じベッドに入った。
ジャメルの態度に不安になったマルグリットは、ジャメルの肌を確かめるように、腕に絡み付いた。
「ジャメル……」
しかし、ジャメルは上手くマルグリットから逃れた。
「マルグリット様、今夜は休みましょう」
そう言って、背を向けてしまった。
「そうね。そうしましょう」
マルグリットは、やっとジャメルの心変わりを確信した。
数分もしない間に、ジャメルが寝息を立て始めた。
マルグリットは悔しかった。
弄ばれた?
いや、ジャメルはそんな事をするわけがない。でも……。では、何か自分が嫌われるような事をしたのだろうか。
違う、きっと村が近付いて神経質になっているんだわ。
マルグリットは眠れないまま、数時間ここ暫くの出来事を改めて考えていた。
まさかジャメルとこんな関係になるなんて。 しかも、つい先日夫を亡くしたばかりだと言うのに。
一体自分は何をしているのだろう。
王と、村へ連れて行くと約束したのはジャメルではなくレナ様だ。約束は守らなければ、今度はファビオが……。
マルグリットはいても立ってもいられなくなり、ジャメルを起こさないように宿を出た。
ジャメルは、寝てはいなかった。
眠れる訳などない。これから何が起きようとしているのか。誰がなんの目的で、こんな事をしているのか。何度もマルグリットを探ってみたが、やはり手掛かりは村しかないようだ。行くしかない。自分が本当は何をすべきなのか、全く分からない。しかし、今度は村から逃げない。それだけは決めていた。
マルグリットの気配が随分遠い処に行ってしまった。家へ帰るつもりなのだろう。
マルグリットを傷付けてしまった事は分かっている。しかし、今またあの怠惰で溶けたような時間に戻る事はできない。
でも、もし、今回の事態が解決すれば迎えに行こう。また、あのような時間をマルグリットと過ごす。そんな人生も良いじゃないか。
ジャメルは、遠ざかるマルグリットに誓った。




