ある魔人の死2
「エリザさんは、何も言わないんだろ?」
無表情なエリザが戻って来たのは良いものの、こうしてファビオが花嫁の間に忍び込んでいる事を、本当にエリザが気付いていないのかレナには自信がなかった。
「そうなんだけど、ね……」
レナの悩み事は、それだけではなかった。
「私ね、ジャメルやエリザが無愛想とでも言うのかしら、あんな風になってしまったのが分かるのよね」
レナは人生最大のため息をついた。
「では今後は姿を消したジャメルの代わりにレナ姫様に席に着いていただきましょう」
高級役人会議、全会一致でレナの役付きが決まってしまった。
「よ、よろしくお願いします」
それは会議の一時間前にアンドレから、レナに知らされた。
「でもお父様、私、まだ何も国の事を勉強していないのよ。大丈夫かしら……」
「一つづつ学びながらやっていくしか無いね。ジャメルの役職は代々信頼できる魔人が着いてきたんだ。レナ程適役はいないよ」
レナに断る選択肢は用意されていなかった。
高級役人会議で、レナには山の様な資料が渡された。
「こ、こんなにですか?!」
余りにも資料が多いので、思わず驚いたレナに高級役人達が笑った。
「おやおや、まだまだこんなものではありませんよ」
口ではそんな事を言っているが、レナにはこの役人が考えている事くらい、手に取るように分かった。
「私はハンスが来るまでのお飾りで、さっさと結婚して男の子を産むのが私の仕事なんですって」
「酷いな……」
「でしょ。いくら口で綺麗事を言っても、本心が丸見えなのよ。愛想笑いも出来なくなっちゃう」
「でもまぁ、良いんじゃないかな。お飾りで」
「え?」
「ハンス王子と結婚するつもり?」
ファビオに言われて気付いた。
「そうよね、私はファビオとここを離れるんだったわ」
「だろ?」
ファビオはたくましい腕でレナを抱きしめた。
「まぁ、その前に俺が一人前にならないといけないんだけど」
今度はファビオがため息をつく番だった。
ファビオが花嫁の間から自宅に戻ると、部屋の窓から灯りが漏れていた。
「母さん! 戻ったの?」
駆け込んだファビオの目に入ったのは母マルグリットではなくハンスだった。
「ハンス王子……」
ハンスがゆっくりと立ち上がった。
「申し訳ないね、誰も居なかったので勝手に入らせてもらったよ」
ファビオは、ゆっくりと近付くハンスから逃れたい気持ちを必死に抑えた。
「何を恐れている」
ハンスが目の前まで迫って来た。
「な、何も!」
ファビオは、何とか声を振り絞った。この男からレナを奪い取ろうとしている。そんな事、本当に出来るのだろうか。
「まぁ、良いだろう」
ハンスが背中を見せた。
その瞬間、ほっとした自分が情けなかった。
「コサムドラの城で何かあったらしいが、ファビオお前は何か聞いているか?」
「いえ、何も」
レナから聞いた話を、ハンスにするわけにはいかない。
「そうか、ならばレナから聞くしかないか。マルグリットさんはいつ戻る」
「分かりません」
ハンスは、再びファビオに歩み寄り顔を見つめた。
こんな事ならレナに頭の中を見られないようにする方法を聞いておけば良かった。
「来週、迎えを寄越す。準備しておいてくれ」
ハンスにそう言って、ファビオの目の前から煙のように消えた。
「ハ、ハンス様……」
声が震えていた。




