ある魔人の死1
もし、兄が自分の幸せを選んで城を去りマルグリットの元へと行ったのであっても、それは妹として喜んであげるべきだ。
ベナエシ行きが中止になったエリザは、もぬけの殻になっていたジャメルの部屋を掃除していた。
元々この部屋はジャメルと二人で使っていた部屋だった。エリザが年頃になり、ベルがエリザだけの部屋を用意してくれたのだが、、暫くは一人の部屋では寂しく眠れなかった夜も今となっては懐かしい。
つまらない嫉妬心から、何かに付け入られ騒ぎを起こし危うく兄を殺すところだった。
昔から兄が恋をする度に嫉妬し、不機嫌になっていたが、あれ程激昂した事はなかった。
兄とマルグリット様。
こうして冷静に考えても、あまりいい気はしないが、マルグリット様を、あの女、呼ばわりする程ではない。
「どうせなら、幸せになるのよ兄さん」
エリザは、ジャメルの部屋を閉じ鍵をかけた。
「レナ様、花嫁の間のおそうじをしたいのですが」
エリザに言われて、レナはやっとファビオの事を思い出した。騒動から今まで、花嫁の間には行っていなかった。
「ちょ、ちょっと待ってて。凄く散らかっているの。片付けるから、その後おそうじをお願いするわ!」
慌てて花嫁の間に向かった。
花嫁の間に、ファビオからの置き手紙があった。
やはりファビオは来ていたのだ。
『レナ、暫く待っていたんだけど……。連絡下さい』
何時間、何日待ち惚けをさせてしまったのだろう……。
レナは、不安になってしまった。
城で何か騒ぎが起きた。
ファビオにも、それは分かったが、忍び込んでいる以上、誰かに聞くわけにも行かず、置き手紙をしてレナからの連絡を待つ事にした。
留守がちだった母マルグリットも、何故か家に居てそわそわと落ち着きのない日々を送っていたが、ある朝起きてみるとマルグリットは家から姿を消していた。
何となく、母に恋人が出来たんじゃないか、そんな気がしていた。もう、子供の様に騒ぐのは止めよう。
ファビオは母が用意をしてくれた朝食を独りかみしめた。
レナは城を抜け出した。
今直ぐファビオに会い事情を話して謝らなければ。城から離れても、城の中の様子が手に取るように分かる。また魔力が強まった様だ。
ならば……。
……ファビオ、ファビオ……
レナの声がした様な気がした。まだ魔力に慣れないため、変わった事が起きる度に驚く自分にそろそろ苛立ち初めていた。良い加減に慣れたかったが、そうそう慣れられるものでもなさそうだ。
……聞こえているのね。今からそちらに行きます……
どうやったら返事が出来るのだろう。
「わ、分かった。待ってる」
声に出して言ってみた。
レナから事件一部始終を聞いたファビオは、本当に魔人が恐ろしくなった。
「でも、貴方もその魔人なのよ?」
レナがファビオの顔を見て大笑いした。
「そうだけど……。やっぱり、恐ろしいよ」
ファビオは、レナを守ろうとしてエミリオを殺してしまった事を思い出していた。魔力は使い方を間違えると、人を殺してしまう事もある。
ジャメルは二度と城には戻らないつもりで城を後にしていた。
あんな騒ぎを起こしてしまって、居られるはずがない。そもそもの原因がマルグリットにある、そう思いマルグリットを連れ出したものの、マルグリットは城で起きた事を何も知らなかった。
「でも思い当たる節はあるわ」
あの方しか居ない。恐らく、自分がレナを村のあの方の所へ連れて行かない限り、同じ様な恐ろしい事が続くだろう。
それがマルグリットの見解だった。
「兎に角、村へもう一度行ってみよう」
二人は村へと旅立った。
ファビオに事情を話して急ぎ城へ戻ると、エリザが何時もの様子で待っていた。
「何も言わず城を離れるなど、言語道断です」
エリザに叱られながら、いつものエリザが戻って来てくれた事が嬉しかった。




