浸入10
レナはエリザに飛び付いた。
加減等考えなかった。エリザの中に居座っていた、何かすらわからない何かを思い切り締め上げた。
エリザもまた、自分の中で戦っていた。
悲鳴をあげたのは、アレなのかエリザだったのかは分からなかったが、確かにエリザの中からアレ消えたのを確認すると、大きな血溜まりの中に飛び込みジャメルの右腕を拾い上げ、血を流し続けているジャメルの右肩に押し付けた。
「お願い!」
レナが叫ぶのと同時に、ジャメルの千切れた右肩と右腕は何事もなかったかの様に元に戻った。レナは意識を失い血溜まりの中に倒れた。
「早く医者を!」
どこかに遠くでアンドレの声を聞いた気がする。
「ジャメル!」
レナは自分の叫び声で目を覚ました。
「レナ!」
側に居たのはアンドレだった。
「無事でよかった!」
そう言ってレナを抱き締めた。
「お父様、ジャメルとエリザは?」
レナはまだジャメルの血にまみれたままだった。
「二人とも大丈夫だよ。一体何があったんだ」
「お二人とも、湯を用意させますから、その血を流して下さい。誰か、急いで湯の用意を!」
ベルが忙しそうにメイド達に指示をしていた。
血まみれのレナを抱きしめたアンドレもまた血まみれになっていた。
「ベル、ジャメルはどこ? これはジャメルの血よ。ジャメル、沢山血を流していたの。本当に大丈夫なの?」
レナは長椅子から立ち上がろうとしたが、ひどい目眩に襲われて、再び長椅子に座り込んだ。
「レナ!」
アンドレが慌ててレナの身体をささえようとしたが、レナがそれを拒んだ。
「このくらい大丈夫よ、お父様」
「レナ様のお身体を拭きますから、アンドレ様も湯へ行ってください。お話はその後でも遅くないでしょう」
ベルの眉間に皺が寄り始めたので、アンドレは仕方なく部屋を出て行った。
翌朝になって、やっとベルのお許しが出たレナはジャメルを訪ねた。
ジャメルのなかに居たアレも昨日の騒ぎで姿を消していた。
ジャメルの側には、エリザがいた。一晩中寝ずに側に居たのか、酷い顔をしていた。
「エリザ……」
エリザはレナに気が付くと、静かに立ち上がった。
「昨日はお騒がせして申し訳ありませんでした」
いつものエリザだった。
「エリザは何も悪くないわ。今だから言えるけれど、あなた随分と前から何かに取り憑かれていたのよ」
エリザは小さく息を吐いた。
「私自身気付いてはいたのですが、どうにもなりませんでした」
「ジャメルは?」
ジャメルの顔は透き通る様に白かった。
「多くの血を失ってしまったので、暫くかかるそうです」
レナは、そっとジャメルの身体に触れた。
ジャメルの顔に色が戻った。
「レナ様?!」
エリザの驚く声で、ジャメルが目を覚ました。
「姫君、エリザ……」
そう言って、ジャメルは左腕でそっと右肩に触れた。
「大丈夫よジャメル。ちゃんとくっつけておいたわ」
レナは事も無げに言って、ジャメルに微笑みかけた。
「騒ぎを起こした責任は取らなければ成らない。エリザには暫くここを離れて、母のいるベナエシに行ってもらう」
アンドレからの通達に、エリザは素直に従い、即座に旅の準備を始めた。二度と、この城には戻れない覚悟だった。
マルグリットの出現で心に隙を作ったが為に、何かに取り憑かれてしまったのだ。マルグリットの居るコサムドラから離れるのは得策だ。兄とマルグリットの仲睦まじい姿を目にして、また心に隙を作りたくない。ルイーズ様の元で、やり直したい。エリザは、私物の殆どを捨ててしまった。
ジャメルはマルグリットの事が気掛かりだった。
エリザの魔力で右腕を肩から引き千切られた時、大量の血と一緒に何かが流れ去るのを感じた。それと同時に、マルグリットへの感情も流れ出てしまったようだった。恐らく、取り憑いていた何かが出て行ってのだろう。
しかし、何故我々兄妹に取り憑いたのか。いくら考えても、共通するのはマルグリットとの接点だ。
ジャメルは、アンドレに暇を願い出たが、あっさりと却下されてしまった。
「エリザはベナエシの母の元に預ける事になった。ジャメルもエリザも居なくなってレナ一人でどうにかなると思うのか」
アンドレの言う通りだった。
だがマルグリットに会って、この騒動の真相を確かめなければならない。真相が分からない限り、同じ事がまた起きる。
エリザがベナエシへ立つ早朝、ジャメルは再び城から姿を消した。




