浸入8
朝の田舎町を、二人はまるで夫婦のように散歩し、昼食はレストランで田舎料理を楽しみ、午後に宿へ戻って来て少し熱目の湯につかる。この宿にジャメルが部屋を取ってから一週間、毎日マルグリットは、早朝からやって来てそんな時間を過ごしていた。
湯から上がると、二人はベットで時には愛を確かめ合った。
ジャメルには、本当にマルグリットを愛しているのか自分でも分からなかったが、ただこの穏やかな時間が愛おしかった。
窓の外に目をやると、どうやらもう夕暮れ時も過ぎてしまったようだ。
ジャメルは、ベットの中で余韻にひたるマルグリットを背後から抱き締めた。
「そろそろ帰らなくても良いのか?」
「構わないわ。最近ファビオも帰りが遅くて、早く帰ったところで、誰もいないのよ」
マルグリットは、眠っていたのか、眠そうな声で答えた。
「じゃぁ、帰らなくても良いんじゃないのか?」
ジャメルは、マルグリットの髪をそっと撫でた。
「それはダメよ。ご近所の目があるもの」
「じゃぁ、夕飯を食べたら近くまで送って行こう」
「ありがとう」
マルグリットは、そっとジャメルにキスをした。
レナが企画したカーラの結婚式は大成功だった。
本当に幸せそうなカーラを見て、レナは自分の結婚式を想像していた。
隣に居るのは誰なのだろう。ファビオであって欲しい。そう思っている癖に、何故ハンスと婚約をしてしまったんだろう。国の為? そうじゃない。そうすれば、皆が喜ぶからだ。でも、自分自身はどうなんだろう。二年ある。そう思っていたけれど、その二年の間に自分に何ができるだろう。ただ、ファビオが迎えに来てくれるのを待つだけで良いのだろうか。
誰かに相談したかった。
幸せの真っ只中のカーラにこんな事相談はできない。何かに支配されているエリザは問題外。ジャメルは何処に居るのかすら分からない。
今、相談相手になってくれそうなのはベルしか思い当たらなかった。
カーラとファビオは、新婚旅行に出かけて行った。
「お土産、楽しみにしているわ!」
レナはカーラとエリックを見送ったその足で、ベルを訪ねた。
そこでレナが目にしたのは、ベルの身体を蝕む病魔だった。風邪、そう聞いていたのに。それは間違いなく風邪では無かった。
今すぐ何かが起きるわけでは無い。でも、確実にベルの命を縮めようとする物をレナは見つけてしまった。
「ベル、風邪じゃないわよね」
それは、ベル自身も気付いていた。ベルの母親も、同じ病で命を落としていた。
「もう若くはありませんからね。病気の一つや二つ、誰にでもありますよ」
そう言って笑うベルに、レナは婚約破棄の相談なんてできなかった。
それどころか……
「レナ様の花嫁姿が楽しみ」
その思いがベルの生命力を高めていた。
レナは覚悟するしかなかった。
もう後には引けないのだ。
レナはアンドレにベルの病気を伝えた。
「それでね、お父様。私がベルの病気を治そうと思うの」
レナの提案に、アンドレは悩んだ。
「お父様、お願い。私にベルの病気を治させて」
勝手に治してしまう事も出来たのだが、アンの件以降、癒者の力を使う前にアンドレとジャメルに相談をする約束をしていた。
「ジャメルが居ない今、私にはどう判断して良いのか分からない」
こんな事なら、何も言わずやってしまえば良かった。ただ自分自身が受けるダメージが全く想像つかないのも事実でもある。
「レナ様なら大丈夫でしょう」
エリザだった。以前のエリザなら、こんな時、口を出す様な事は無かった。もし、意見を求められたとしても、こんな根拠のない意見を言うようなエリザではない。
「エリザが、そう言うならば大丈夫なのかもしれないな」
エリザに、そんな判断が出来る訳がない。癒者の力は少なくとも、この城の中ではレナしか持たない力だ。
違うエリザじゃない。エリザの中にいる何かだ。エリザから伝わるのは、育てて貰ったベルの病気を案ずるエリザを押さえ込むアレ、の興味本位の感情だった。エリザはエリザで、闘っていたのだ。
なら、受けて立つわ。
「お父様、エリザ、ありがとう。明日にでもベルに話をしてみます」
「アンの時の様に、無茶をしては絶対にいけいよ」
「はい」
レナには、本当のエリザが必死になって止めようとしているのが分かったが、引く気はなかった。




