浸入4
「僕の母を知る人の家に少し立ち寄りたい」
ハンスの要望で、ムートル国王子一行はマルグリットの家に立ち寄る事になった。
近隣に住む人達は、突然王子一行が立ち寄ったので何事かと集まり始めた。
「やぁ、ファビオ」
家の中は、すっかり片付けられていた。
「まぁ、ハンス王子、こんな狭い家にようこそ」
マルグリットは大喜びでハンスを迎え入れた。
「ファビオ、返事を聞かせてもらおうか」
「返事? 何のです?」
マルグリットには、何の事だかさっぱり分からない。
「引き受けさせて頂きます」
ファビオは、すっかり酒の抜けた顔で、ハンスの目を見据えた。
「それは助かるよ。一月後、国の者に迎えに来させる。マルグリットさん、貴女も是非」
「え? あ、はい。ありがとうございます」
マルグリットは、ファビオを見た。今までファビオの事で知らない事など何も無かった。 一体なにがどうなっているのか……。
「マルグリットさんには、母リンダの事、色々教えていただきたい。お待ちしております」
ハンスはマルグリットの手を取って、微笑んだ。その笑顔は、リンダそのものだった。
「はい、分かりました」
何が何だか、さっぱり分からないが、受けてしまった。これで良かったのだろうか。このコサムドラから離れて良いのだろうか。あの方は許して下さったのだろうか。
「ファビオ、どういう事なの」
ハンス一行が去った後、一言も喋らないファビオに業を煮やし、マルグリットが詰め寄った。
「母さんこそ、どういう事? 母さんが魔人だったなんて聞いてないよ」
隠し通して来た事を、ファビオは知ってしまっている。でも、何故。
「母さん、僕は魔人として生きるよ」
マルグリットは、全身の血が引いた。
ハンスがムートルに帰ったので花嫁の間はレナだけになった。
ここにジャメルを呼び寄せる。そこまでは出来るとしても、あの黒い物をジャメルから引き離すにはどうすれば良いのか。アンの時の事を思えば、抱き締めるのが一番だ。しかし、ジャメルを抱き締めるなんて、どうすれば良いのか……。
レナは途方に暮れた。もしかしたら、ジャメルはこのままの方が幸せなのではないだろうか。機嫌良く対応するジャメルの姿に、他の高級役人達もジャメルへの態度を軟化させていた。
気が付くと外はすっり日が落ちてしまっていた。この部屋は頼まない限り灯りを点けにメイドが入ってくる事も無い。
レナは自分では明かりを点けた。誰にも邪魔されず居られるこの部屋がすっかり気に入ってしまった。来月またハンスがやって来るまで、この部屋はレナだけの物だ。明日には窓を開け放して掃除をしよう。レナはこの部屋の気配を隠した。こうすれば、ジャメルやエリザにもここの様子は分からない。
レナは夕食後も、花嫁の間で過ごしていた。
「レナ様、お休みになる時は、お部屋にお戻りくださいね」
カーラが扉の前で言った。
「ええ、分かってるわ」
明日にはエリザが帰ってくる。あの計画を相談して進めなければ。
そろそろ部屋に戻ろうかと思った時、ファビオの気配を庭に感じた。
レナは急いで庭に駆け出した。何も考えていなかった。身体が勝手にファビオに向かって走っていた。
月明かりに浮かぶ人影、間違いない、少し痩せたようだがファビオだ。
「ファビオ!」
レナは思わず駆け寄りファビオに抱き付いた。しかし、ファビオはそっとレナから離れた。
「レナ姫様、お話が」
ファビオの口調に、レナの心は一気にしぼんでしまった。
「な、なに?」
「お別れに来ました」
ファビオの様子から、覚悟はしていた。しかし、実際にファビオの口からその言葉が出た瞬間心臓が止まるかと思った。
実際、レナはその場に倒れそうになった。
ファビオは、慌ててレナの身体を受け止めた。
「誰か呼ぼうか?」
驚いたファビオの口調が、あの旅の時に戻っていた。
「ごめんなさい。部屋に運んで」
レナは花嫁の間にファビオの手で運び込まれ、ソファに座らさせれた。
「大丈夫?」
「うん、もう平気よ」
「良かった」
レナは、ハンスとのために用意された花嫁の間で、ファビオと見つめあっていた。




