浸入3
「とにかく気持ちが悪いの!」
レナはベルに訴えた。
「確かに、あんな機嫌の良いジャメルは見た事が無いですねぇ」
ベルは数日前から風邪で寝込んでおり、少し良くなったとカーラから聞いたレナは、見舞いに訪れていた。
「でしょ?」
「午前中会議の前に見舞いに来てくれましたが、何だか別人の様でした。何か悪いキノコでも食べたのかしら……」
それは誰もが、そしてジャメル自身ですら感じる異変だった。
あんなに気掛かりだったレナとハンスの婚約も、何も気にならない。
気になるのはマルグリットの事ばかりだ。この城にハンスが入ればレナと二人、無事城を守れるだろう。ならば、自分はもう自由じゃないか。あの時助けて貰った恩は働いて返せているはずだ。城を出て、マルグリットと二人静かに暮らすのも悪くない。手に残るマルグリットの手の感触を思い返しては、マルグリットと暮らす日々を想像する。
そして、気付く。一体何を考えているのだ。自分が自分でないとはこういう事なのか……。
何か自分が自分では無い何かに支配されている気がした。
それは一瞬の出来事だった。
廊下でジャメルとすれ違ったその時、ジャメルの身体を這う黒い物を見た。
「ジャメル?!」
レナは思わずジャメルを呼び止めた。
「おや、姫君。何でしょう」
黒い物は、ジャメルの身体を這っているかと思えば身体から出て来てジャメルを包み込む。まるで、ジャメルの身体で遊んでいるかの様だ。
「ベルが何か悪いキノコでも食べたのかって心配していたわ」
「年寄りと言うものは、何時も何かを心配しているものですよ」
ジャメルは軽やかに笑って去って行った。
アレだ、間違いない。アレがジャメルをおかしくしているんだ。
レナは急いでハンスの元に向かった。
ハンスはドミニクと庭で散歩をして居た。
「あ、レナ!」
ドミニクがレナを見つけて手を振ろうとしたが、慌てて言い直した。
「レナ姫様、こんにちは。ご機嫌如何ですか」
真面目くさったドミニクの顔を見て、レナは堪らず笑い出してしまった。
「やめてよドミニク。笑ってしまうじゃない」
「レナ、ドミニクは真面目に言ってるんだから笑っちゃ可哀想だよ」
ハンスに咎められ、やっと笑いが収まった。
「ごめんなさいドミニク」
これまでのドミニクなら、ここで拗ねてしまうところだが、今日は違った。
「僕は絶対立派になって、ハンス兄さんよりもレナに……レナ姫様に相応しい王子になるんだ」
「分かったわ。もう、笑ったりしない」
「うん」
きっとドミニクは立派な王子になるだろう。 そして、レナ以外の人と恋をするだろう。レナは少し寂しくなってしまった。
「何だ、レナは僕以外と結婚する気なの?」
ハンスが真面目な顔でレナに言った。レナはファビオに抱きしめられた感触を思い出してしまった。
「かも知れないわよ」
そんな訳はない。レナにはハンスと結婚するしか道はないのだ。
それに今は自分の恋愛どころではない。この城で何かが起きている。
「え? ジャメルの身体に」
レナとハンスは、花嫁の間に戻っていた。
「そうなの、もしかして様子がおかしいのも、それの所為かも知れないわ」
レナには確信があった。
「ちょっと見てくるよ」
ハンスはジャメルを探しに出かけた。
数分もしないでハンスは戻ってきた。
「確かに、物凄く様子は変だけど、何も見えなかったよ」
ハンスが不思議そうに言った。
「私にしか見えない、という事なのね」
思い当たる節はある。
癒者の力だ。
もし癒者の力を持つ者にしか見えないのであれば、ハンスに見えなくても仕方が無い。
しかし、それをどう証明するか。やってみるしか無い。
「レナ……」
ハンスがレナを抱きしめ、キスをしようとした。
「ちょっとハンス、止めてよ」
「ここに二人きりでいても、こんな話ばかりじゃ無いか」
「ご、ごめんなさい。でも、気になってしまっているの。こんな話し、ここで貴方にしか出来ないんですもの」
レナはハンスの腕から逃げた。
「レナは僕の事が嫌いになったの?」
嫌いになったんじゃ無い。魅力を感じないのだ。まだ、ギードだった頃の方が魅力的だった。
「これじゃ、ドミニクにレナを取られるのも時間の問題だな」
ギードなら、こんな事絶対に言わなかった。
あの頃の彼なら、力づくでも自分のモノにしたはずだ。
自嘲するハンスの姿に、レナの心はハンスから益々離れてしまっていた。
翌日、ハンスはドミニクを連れてムートルへと帰って行った。




