浸入2
「ねぇハンス。ジャメルが城に居ない事気付いてた?」
正式に婚約をしたレナとハンスには、二人だけで過ごす居間花嫁の間が用意された。
ここにはエリザやベルでも、呼ばれない限りは入る事は出来ない。
レナは出来るだけ何かしらの用事を作り、この部屋には近付かないようにし、ハンスと二人きりになることを避けていた。
しかし、何時までも逃げ続けられるものでも無い。
「やっぱり、そうだよね。レナは何か聞いてないの?」
ハンスに目を覗き込まれた。全てを見透かされるようで、思わず目を逸らしてしまった。
「レナ?」
「お茶を用意するわ」
レナは咄嗟にハンスから離れようとしたが、ハンスに腕を強く掴まれてしまった。そして、次の瞬間ハンスの腕の中にいた。
その腕は、ファビオとは違って細く優しかった。
「ハンス、お願い離して」
レナは小さく言った。
「こうしてレナを抱き締めても、レナが何を考えているのかが、さっぱり分からないんだ」
レナが顔を上げると、ハンスの美しい顔が苦悩に歪んでいた。
「カーラがね、マリッジブルーじゃないかって」
「マリッジブルー?」
ハンスがレナを解放した。
「結婚前の女の子に多いんですって。何だが少し気鬱になってしまうらしいの」
「レナもそうなの?」
「分からないわ。でも、今はジャメルもエリザも居ないこの城を守るのは私達二人なのかもって、その事ばかり考えてる」
話題を変える事が出来た。いい具合にジャメルが姿を消してくれた。
ファビオは、家中の窓を開け放した。壁にまで染み込んでいそうな酒の臭いを取りたかった。
母はまだ帰らない。
一体自分の身に何が起きているのか、逃げていても仕方が無い。やっと気付いた。
「ジャメルか?!」
あの日、父はここで罠に掛かったウサギを獲っていて襲われたようだ。
「父さん……」
ジャメルは身体が震えそうになるのを必死に堪えた。
「エリザも元気か?」
「ああ元気だよ」
あの日のまま時間の止まった父は、今の自分より少し若いようだった。
「死んだと思ってた……」
「身体は無くなってしまったが、こうして魂はずっとここに……」
飢えることも身体が痛む事も、寒さ暑さを感じる事も無い。しかし、この一所でただ長い時間を過ごすと言うのは、どれ程苦痛だっただろう。
「父さん、何かできる事はない?」
「良いんだ、お前元気ならそれで良いんだ」
父は涙を流していた。
ジャメルは、それ以上村に立ち入る事が出来なかった。正気を保てる自信がなかったのだ。
「マルグリット様は、あの様な姿を多く見られたのですか……」
あんな姿を見て、正気でいられるのがジャメルには信じ難い事だった。
村へ行ったのは間違いだ。父のあんな姿、見たくなかった。
マルグリットは、ジャメルの問いに返事をしなかった。
しかし……
「もし、あの日以前の村が戻るとしたら、ジャメルあなたならどうする?」
マルグリットは静かにはっきりと言った。
あの日以前の村が戻ると。
「それは、どう言う意味ですか」
「すべてを取り戻せるの。あの日、あの時以前の日々を」
ジャメルはマルグリットの言う事が理解でなかった。マルグリットに、そんな魔力は無い。
「じぁ、ジャメル、考えておいて」
マルグリットは、ジャメルの手を一度握り馬車を降りた。
「はい……」
返事はしたものの、マルグリットは何を望んでいるのだ。本当にあの日以前に戻れるとして、戻ってどうしようと言うのだ。
ジャメルは、マルグリットに握られた手の感覚を振り切る様に猛スピードで馬車を走らせ城に戻った。
城ではレナが待ち構えていた。
「ジャメル! どこへ行っていたの? 何も言わずに出掛けて帰ってこないなんて、あなたらしくない。お父様を誤魔化すの大変だったのよ!」
レナがどんなに問い詰めてもジャメルは何も話さなかった。ただ、レナは気付いていた。
ジャメルも何かがおかしい。




