婚約3
「忠告……ですか?」
レナは、自分の命を狙っていた大おばカリナの魂を目の前にして身体が緊張していた。
「そんな怖がらなくても、魂だけになってしまった私には、何もできない」
カリナは悲しそうに言った。
「でもまぁ、仕方の無いことさ」
レナは、そっとカリナに触れようとした。触れればカリナの考えている事がわかる様な気がしたのだ。
「無理だよ。身体がないんだから」
「大おば様……」
「レナ、とにかくあの人には気をつけるんだ」
「あの人?」
「そう、私の父親だ」
考えもしなかった人物を告げられ、レナは目を丸くした。
翌日予定通り、レナ一行はコサムドラへの帰路についた。
マルグリットが村から自宅に戻ると、不機嫌極まりない息子ファビオが待っていた。
「一体、どこに行ってたんだよ。心配するじゃないか」
「いつベナエシから戻ったの。もう子供じゃないんだから、いつまでも母さんに甘えてないで、恋人の一人でも作りなさいよ」
「一昨日帰ってきた」
恋人、マルグリットはファビオの脳裏にレナの姿を見た。が、それは恐ろしい怪物の様な姿へと変わった。
「ファビオ、何かあったの?」
「別に……」
ファビオは、ハンスに言われた一言を母に相談すべきか悩んだ。
やめておこう。母はただの主婦だ。おかしな事を言って、混乱させてはいけない。そうでもなくても、アンの死から様子がおかしい。
「俺より父さんが凄く心配してたよ」
ファビオは、そう言ったまま黙り込んでしまった。
マルグリットには、ファビオの考えなど丸見えだった。
そう、レナ様が魔力を使う所を見てしまったのね。
息子に真実を話す日が近いのかも知れない。ただ、出来ることなら、そんな日は永遠に来てほしくない。
「ああ」
突然ファビオが思い出した様に言った。
「レナ姫とハンス王子の婚約が正式に決まったそうだよ」
時間がない。
マルグリットは夫の帰りを待たずに城へ向かった。後になって思い返せば、ここで思いとどまるべきだった。
ハンナとベルは思いもよらなかった再会に、喜んだ。
が、何だかベルが少し小さくなった様にレナには感じられた。
「そりゃ、私も随分と歳をとりましたからね」
ベルは笑ってそう言うだけだった。
「ほら、そんな顔をしていたら、ギ……ハンス王子に嫌われてしまいますよ」
来週、ハンスがドミニクを連れてコサムドラにやって来るのだ。
ハンスなら、カリナの父親について何か知っているかもしれない。
あの夜、カリナの魂が姿を消してから久しぶりに魔人皇族の歴史書を開こうとしたが、本棚から見つけ出す事が出来なかった。
もしかして、新たな持ち主を見つけて消えてしまってのかしら。と、言うことは、私は持ち主失格という事?
「少し買い物に行くわ」
ファビオにはそう言って、家を出てきた。
こんな行動もあの方は見ておられるのだろうか。
マルグリットは、つい何度も振り返りながら城を目指した。
ジャメルに面会を申し出たが、現れたのはエリザだった。
「マルグリット様、お久しぶりでございます。ベナエシでお会いして以来ですわね。留守の間、レナ様のお世話ありがとうごさいました」
エリザは黒い感情抑えきれないまま、マルグリットの前に立っていた。
「おかえりなさい、エリザ。ベナエシから戻っていたのね」
エリザ、今、マルグリット様、いや、ただの民のマルグリットが私を呼び捨てにした……。
エリザは酷く自尊心が傷付いた。
「兄に何のご様でしょうか。今兄は非常に忙しく、手が離せないのですが」
せっかくレナからマルグリットを遠ざける事が出来たと言うのに、何をのこのこと兄に会いに来ているのだ。
「ごめんなさいエリザ。ジャメルに相談をしたくて」
マルグリットに悪気はない。それは分かっているが、自分の気持ちを抑えきれなかった。
「そうですか。でしたら、ここでお待ち下さい。何時になるかは、分かりませんが」
そう言って、エリザは立ち去った。
この夜、エリザがマルグリットの訪問をジャメルに伝える事はなかった。




