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暗点 過去の闇

 孤児から皇女になったレナ。

 城を飛び出したレナは、魔力で親友に危険な目に遭わせてしまった。

 城に戻り与えられた事をこなしてはいるが、自分の居場所を見出せずにいた。

 しかし支えてくれる人を頼り、自分の魔力と向き合おうと決めた。

「では、五代前の国王様のお名前は」


「えーっと……」


 レナの城での生活は、気付けば半年を越えていた。


 ベルによる皇女教育は、日に日に厳しくなっている。


「まったく……」


 ベルが、ため息をつく。


「そんな前のご先祖様の名前、覚えられないよ」


「覚えていただかなければ、困りますね」


「お父様は言えるの?」


「勿論」


 愚問、とばかりにベルは頷いた。


「お父様に食事の時に聞いて、答えられたら私も覚えるわ」


「そんな、アンドレ様を試すような事、なさってはいけません」


 アンドレが言えるかどうかベルには自信がなかった。


 若き日のアンドレも、歴史が苦手だったのだ。


 まったく、親子でそんなところ似なくて良いのに。


 レナの皇女教育は、なかなか難儀なものになっていた。


 更に、魔力もまだまだ不安定で時折座学の勉強中にも表れてしまう。



 勉強中にレナが居眠りを始めると、花瓶に生けられた花までフラフラと揺れ始める。


「ジャメル、何とかならないのですか」


 何度ジャメルに詰め寄った事か。


 このままでは、皇女教育を終えるのに数年かかってしまいそうだ。



「二ヵ月後にレナを皆に紹介しようかと思ってる」


 アンドレの言葉に、悲鳴を上げたのはベルだ。


「無理です! 後二ヶ月でなんて無理です!」


「失礼ね、大丈夫よ」


 レナは、ふくれっ面である。


 それだ、まずその直ぐに顔に出るのもいけない。


「そうだ! お父様」


「ん?」



「お父様から数えて4代前の国王様のお名前は?」


 今度はアンドレが、悲鳴を上げる番だった。


「なんだって?」


「ほら、ベル。お父様も答えられないわ」


 アンドレは、父の威厳を保とうと必死で思い出す。


「ジョ、ジョルジュ……」


「正解!」


 ベルが思わず声を上げた。


 給仕をしていたエリザは、笑いを堪えるのに必死だった。


「何ですかエリザ、変な顔をして」


 ベルに叱られたが、どうしようもない。

笑い出すより、ましだ。


「さぁ、お父様はお答えになりましたよ。レナ様も、きちんとお勉強なさってください」


 ベルの勝ち誇った顔が憎たらしい。


「分かってるわよ」


 アンドレにとって、そんなレナのふくれっ面もまた愛おしいものだった。



 最近のレナは、息苦しい皇女教育から逃げ出すと、東屋で庭番のエリックを捕まえて愚痴を言うのが習慣になっていた。


「エリックには、エリックの仕事がございます。レナ様が邪魔してはいけません」


 ベルには叱られたけど、今日もベルには内緒でエリックとお茶をしている。


「そりゃ、お勉強はちゃんとしなきゃいけないですよ」


 エリックにまで、言われてしまった。


「俺も勉強して、学校卒業して訓練校へ行って、庭番になったんですよ」


「え! そうなの?」


 エリックはレナに勧められて、お菓子を一つ口に運ぶ。


「はい、魔人って言っても、魔力はないですから普通の人と同じように」


「そうなんだ……」


「じゃ、そろそろ、仕事に戻りますんで」


 少し離れた所から、エリザがエリックをじっと見ていた。


「ベル様に知れたら、叱られるのはエリックですよ」


「うん……」


「お茶のお代わりは、いかがですか?」


「あ、お願い」


 エリザは二人分のお茶を入れた。


「では、次は私がお茶のお付き合いをいたしましょう」


 エリザが椅子に腰掛けた。


「ベルに叱られない? 大丈夫?」


「魔力の勉強と言う事にしましょう」


 静かにお茶を飲むエリザ。


 レナも釣られてお茶を一口飲む。


 エリザの淹れるお茶は、本当に心が落ち着く。


「ベル様仕込ですからね」


「え、エリザもベルから教わったの?」


「そうですよ、あの頃は今より、もっと怖かったです」


 クスリと笑うエリザは、子供のようである。


「レナ様は、お勉強はお嫌いですか?」


「好きじゃないわ」


「でも、学校では物凄く頑張っていたと聞いてますよ」

 

 兄ジャメルの作る問題は、さぞかし難しかった事だろう。


「エリザは勉強好きだったの?」


「ええ、勉強できる事が本当に嬉しかったですよ」


「え?」


「勉強すれば自分の人生が開けますからね」


「今の私は、勉強してもしなくても同じだもの」


「そうでしょうか」


 エリザが静かにカップを置いた。


「今は近隣国も国内も情勢は安定しております」


「うん、お隣の国とは特に仲が良いのよね」


「もし、情勢に変化があればどうされますか」


「え?」


「過去の歴史、兵の数、戦略全てに精通しておかないと、国を滅ぼします」


「そうなの?」


「はい」


「そう言うのは、他の人がしてくれるんじゃないの?」


「アンドレ様がお忙しい理由は、お分かりになりますか?」


「会議ばっかりしてるわ」


 毎日の様に会議や話し合いをしているのは、レナも知っていた。


「そうです、会議で報告を受け、最終判断をするのはアンドレ様です」


「お父様って、すごいのね!」


 レナは父が誇らしかった。


「いずれ、それをレナ様がするのです」


「は!?」


「ご存知なかったんですか?」


「考えた事もなかった……」


「そうでしたか」


 レナはカップのお茶を、思わず一気にガブリと飲んでしまった。



「本当に、レナ様を皆に紹介するのですか」


 ベルは、なんとかアンドレに考え直してほしかった。


 今のレナでは、大失態する姿しか想像できない。


 しかも今の勉強態度では、この国の皇女は教育がされていないと思われても仕方が無い。


少しの綻びが、国を滅ぼすのだ。


「でも、このままではレナも勉強に本腰いれないままだろう。期限を区切ったほうがいいかも」


「だと良いのですが」


「ベル」


 突然、アンドレが居ずまいを正す。


「なんでございましょう」


「母がレナに会いたがっている」


「!」


 ベルは声が出なかった。


「どうしたもんだろうか」


「そ、それは……」


「アミラの死は伝えた」


「そうですか」


「ベルには、辛い事を思い出させてしまうかしれないが、レナを母に会わせようと思っている」


「いえ、あれは私がしでかした事ですから」


「母の命令だろ。ベルは母の命令には逆らえないのだから」


「……」


 しかし、直接行動したのはベルだ。


「母もね、年を取ったよ。今のレナなら、母に会っても大丈夫じゃ無いかと思うんだが」


「ジャメルやエリザにお聞きください……」


「僕はね、あの事を母の口からレナに話して欲しいと思ってるんだ」


「それはレナ様が傷付いてしまわれます!」


 レナだけではない、ベル自身レナに会わせる顔がなくなる。


「大丈夫、レナにはベル、君やジャメル、エリザ、後友達の庭番も居る。勿論僕もだ」


 ベルは長く生きてき中で、これまでに無いほど動揺した。


 とうとう、レナがあの事を知ってしまう。


 レナは自分の事をどう思うだろうか。


 その前にレナから離れなければ。




 突然の出来事だった。


 レナの教育係がベルからエリザに代わると言うのだ。


 そして、ベルは城を離れると言う。


「何故、何故そんな急なの? ベル、どこか身体でも悪いの?」


「いえ、大丈夫でございます。ただ、随分と年をとりました」


「じゃ、どうして?」


「少しお休みを頂きたくて」


「私が勉強しないから? だったら大丈夫よ。ちゃんと本気で頑張るから」


 レナは、とうとう泣き出してしまった。


「それは安心いたしました」


「ねぇ、ベル、何故なの。ダメよ、私ベルが居ないとダメよ」


「また、いつか時期がくればおそばに……」


 ベルの頬も涙でぬれている。


「ねぇ、どうして……」


 ベルは、アミラが亡くなったあの日のように、レナを抱きしめた。


 城で皇女教育を始めて数ヶ月、久しぶりに思い切り抱きしめた。


「近く、お祖母様に面会されます。その後、レナ様が私に会いたいと思ってくだされば、何時でも会いに参ります」


「どう言う事?」


「これ以上は私の口からは申し上げられません」


「嫌よ!」


「では、このベルのためだけにケーキを焼いてくださいませんか」


「え?」


「それを少しずつ食べて食べ終われば、城にまた来ましょう」


「本当?」


「うんと美味しいケーキが焼ければ、我慢できずに直ぐに食べてしまうかもしれませんね」


「一生懸命、美味しいケーキを焼くわ!」


 二人は、いつまでも抱き合って泣いていた。

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