婚約1
言葉通り、アルセンは自分の身体に命辛々レナの魔力から逃げ戻った。
「お着替えを」
アルセンの魔力に支配されたメイドが、着替えを差し出した。
「?」
改めて自分の身体を確認すると、失禁していた。
アルセンは無言でメイドから着替えをひったくるように受け取り、浴室に向かった。
裸になると、身体中にミミズ腫れが出来ていた。
「なんと……」
レナの魔力の強さに言葉を失った。
国を超える程の距離にいながら、身体にダメージを与えられるとは。
身体中に痛みを感じながら、アルセンは笑い出した。
その声は城中に響き渡った。
レナはどうやって部屋に戻ったのか覚えていなかった。
「メイドはすっかり元に戻りましたが、今日は休ませる事にしましたよ。あまりお一人で無茶はなさらないで下さい」
エリザは静かに言った。
「え?」
しかし、レナの耳には届かなかった。
ファビオは混乱したまま馬に触れてしまい、馬の機嫌を損ねてしまった。
これでは仕事にならないと、部屋に戻った。
狭い使用人用の部屋を、ぐるぐる歩き回り気持ちを落ち着かせようとするも、落ち着くどころか、あのメイドとレナの姿、そしてハンスの言った魔人という言葉が頭の中を行き来するだけだった。
もし、レナが魔人だとしたら?
このレナへの恋心も、レナの魔力によるものなのだろうか。
レナは、ファビオの様子を感じ取っていた。
とうとうファビオは、レナを恐ろしい者と認識し始めた。それは、レナの心をを傷付けた。
「そんな……」
「これで良かったんですよ」
エリザが静かに言った。
レナは何も言わず、エリザの顔を見つめた。
何が良かったと言うのか。
「レナ様とファビオでは、立場が違い過ぎます。ファビオはただの民です。それに、自分が魔人である事すら知らないなんて……」
エリザは自分の言葉に棘がある事に気付き、それ以上続けられなかった。
でも……
そうよ、村ではマルグリット様がお嬢様で私はただの使用人の娘だったかも知れないけれど、この世界ではマルグリット様こそただの民よ。その、ただの民の息子など……。
そうだ、やはりこれで良かったのだ。
「アルセン国王も暫くは大人しいでしょうし、婚約の準備を進めましょう、レナ様」
エリザは、失恋で憔悴するレナを抱きしめた。
こうなれば、マルグリットを王族から引き離さなければ。それには自分がコサムドラに戻る必要がある。自分の代わりに、ルイーズを補佐できる魔人を探そう。
エリザは、コサムドラに戻る許しをルイーズに乞う事にした。
「本当なら、私がレナの側で手伝ってやりたかったんだけどねぇ。私の代りに頼んだよ、エリザ」
ルイーズはエリザのコサムドラ行きを快諾した。
これで、レナの側からマルグリットを排除できる。エリザは胸を撫で下ろした。
「ああ、それとハンナ、長旅申し訳ないけれど、私の代わりにレナに着いてコサムドラに行ってくれないかい。エリザでは若くて気の回らない事もあるだろうし」
ルイーズの一言で、帰りの旅が賑やかになる事が決定した。
コサムドラでは、早速警備隊がレナ一行を迎えに出る事となった。その中には、レオンの名もあった。
「レナ姫を無事連れ帰ったならば、国を挙げてのお祭りが始まるぞ!」
隊長のディーンが嬉しそうに言った。
アンが使っていた机には花が手向けられていた。
リエーキのアルセン王から、ムートルのブルーノ王へ終戦の書簡が届いたと知らされたのは、レナがアルセンを締め上げてから数日後の事だった。
レオンを含む警備隊の一行が到着した。
隊員や馬達の数日の休息が終わり、明日にはコサムドラへ向けて出発と言う夜、レナはルイーズと二人きりで過ごしていた。。
「お祖母様、私やっぱり、お断り出来ないのかしら」
一向に慣れる気配の無い針仕事をルイーズから教わりながら、ポツリと言った。
「そうだね、残念ながら私達の様な生れの者は、時に不自由だね。それが女の人生最大の転機であってもね」
そう言うルイーズも、この生まれ育ったベナエシからコサムドラに嫁ぐ事を強制された身だった。
レナは何も言えなかった。
「まぁ、なるようになるさ。でも、これは、どうにもならなさそうだけどねぇ」
と、レナの針仕事を見てため息をついた。




