最初の戦3
「お祖母様が?」
ルイーズが、ムートル国に援軍を出した。アルセンが突然ムートルに攻め入って、2週間程経った頃だった。
「はい、ベナエシにはカリナ様が組織した魔人の軍部があるらしく、それが向かったそうです」
ジャメルもエリザからの報告を、今聞いたばかりだった。聞いたと言うか、感じたと言うか、エリザとは言葉がなくても遠く離れても、意思の疎通が可能だ。
「まさか母が兵を出すとは思わなかった……」
アンドレも思いもしなかったルイーズの行動だった。
「どうやら、ベナエシにはカリナ様が組織した魔人の部隊があるようで、ムートル国のハンス王子から要請があったようです」
ハンスの名を言うジャメルの目が少し泳いだのをレナは見逃さなかった。
ジャメルはまだハンスを信用していないのだ。
兄ジャメルがハンスを信用し切れないのと同様に、妹エリザはやはりマルグリットの事が信用し切れなかった。
「何故だい。和解したんじゃないのかい」
ルイーズまでが不思議がるが、どうしてもマルグリットを受け入れ切れないでいた。
しかも、そのマルグリットの息子ファビオとレナが急接近している。このまま放置していて良いのか、エリザは判断しかねていた。
「まぁ、エリザがそう言うんだからそうなのかもしれないね。女の勘てのを侮っちゃいけない。この騒ぎが落ち着いたら、レナとハンス王子の婚約を進めてもいいかもしれない」
レナとハンスを婚約させるとジャメルが聞いたら、どんな顔をするだろう。男の勘と、女の勘、どちらが正しいのか。とは言え、その前に、この戦をムートル国には乗り切って貰わねば。
ベナエシからの援軍が到着すると、リエーキは勢いを一気に失った。
「何故これ程兵が減ったのだ!」
アルセンがフェルナンドに詰め寄るも、明確な答えがフェルナンドには出せなかった。
フェルナンドは後悔していた。
アルセンの執事になれば、安泰だと思っていたが、まさか戦の陣頭をとらされるとは思いもしなかった。執事が戦の陣頭を取るなど、聞いた事が無い。アルセンは執事を何だと思っているのだ。そもそも、国王と言うがブルーノ様のような品もなにもないじゃないか。
「わかりません」
そう答えた瞬間、フェルナンドは身体の自由がアルセンの魔力によって奪われた事に気づいた。何とか逃れようにも、魔力の違いは歴然だった。
「今ここで私に殺されるか、宮殿の中に乗り込んであの兄弟と刺し違えるか、どちらか選べ」
アルセンが静かに言った。
「宮殿に行かせて下さい」
せめて、幸せに過ごした場所に戻りたかった。
「逃げても無駄だぞ。私にはお前がどこで何をして、何を考えているのか手に取るように分かる」
フェルナンドの身体に自由が戻った。
ムートルの兵を装って宮殿までたどり着くことができた。アルセンの魔力でフェルナンドは気配を消されていたのだ。
誰もフェルナンドに気づきはしなかった
ここまで来る間にフェルナンドが見た光景はフェルナンドの目を通してアルセンも見る事が出来た。
アルセンの魔力で操られた兵達が尽く、ベナエシの兵達の手に落ち、アルセンの魔力から解かれているのだ。
フェルナンドが、ブルーノとハンスのいる部屋の前まで来た時、アルセンは全ての魔力をフェルナンドに注いだ。
リエーキがムートルから撤退、の吉報は瞬く間にコサムドラに広まった。
「僕は帰っていいの?」
ドミニクは、今直ぐにでも駆け出して帰りそうな勢いだった。現に脇には荷物を抱えている。
「駄目よ。迎えが来るまではここに居て」
「そうです、ドミニク王子が帰られては、私が仕事を失います」
そうファビオが笑って言った。ファビオは城の中でドミニクの教育係の仕事を与えららていた。
「教育係と言うよりは、遊び相手よね」
心配事ばかりのレナにとって、ドミニクとファビオの姿は、少しの安らぎを与えてくれるものだった。
翌日、疲れ切ったハンスがドミニクを迎えにやって来た。
どんどん近付くハンスの気配に、レナはハンスの無事に安心するのと同時に、どんな顔をしてハンスに会えばいいのか分からず落ち着かないでいた。
とにかく今は無事を喜ぼう。そう決めた矢先、新たな不安の種が舞い込んできた。
「リエーキがベナエシに攻め込むかもしれない」
ベナエシからの援軍に腹を立てたアルセンが、矛先を変えると言うのだ。
「私がベナエシへ行きます」
何としてもアルセンを止めなければ。レナはアルセンと対峙する決意をした。




