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低予算戦士ダサイマン

作者: 猫図木奈緒

「キャァァァッ、助けて!」

「フヘヘへ! このカニチョッキンが美少女の服を切り裂いて丸裸にしてやるぜ!」

 いつかの時代、どこかの街。

 か弱き少女の悲鳴と悪の高笑いが木霊していた。

「いやッ、離して。変態!」

 抵抗する少女。しかしカニチョッキンの力は強く、簡単に押さえられてしまう。

「あぁ、そうさ、俺は変態だ。さぁ服を切らせるんだ」

 カニチョッキンは息を荒くしながら答えた。若干、興奮しているようだ。

 再び悲鳴を上げ、少女は藻掻く。だが逃げられはしない。

 そして、カニチョッキンは少女の制服を切り裂こうと鋏を伸ばす。

 刃が布地に触れようかという、その時。

「待てぇい!! 悪の怪人・カニチョッキン。お前の悪事、見逃すわけにはいかん!」

 力強く響く声。

 そう、悪の野望を砕くために正義のヒーローが現れたのだ。

 カニチョッキンは振り向き、ふんと鼻を鳴らした。

「正義のヒーローの登場というわけか……って、ダサッ」

 カニチョッキンはヒーローの姿を見て驚愕した。

「え……」

 怪人の予想外の反応にヒーローは小さく間抜けな声を出した。

「え~、ジブン……メッチャダサイやん。ジャージにフルフェイスのヘルメットて……目も当てられんわ。色は地味やし、飾り気はないし、マークのひとつでも描いとけよ。ちょっとは工夫をせぇよ、工夫を。こんなん着るんやったらパーテーィーグッズの全身タイツのやつ着てた方がマシじゃ!!」

 仕事中は基本的に標準語を話す甲殻怪人カニチョッキンだが、この時ばかりは思わず地元の言葉である関西弁が口をついて出てしまった。

「……」

 ヒーローは言葉が出ない。

 顔に呆れの色が浮かぶカニチョッキンは話を続ける。

「ないわー、勘弁してくれやぁ。その格好でヒーローはないわー。ないわー、絶対ないわー、ホンマに。あぁ~もぅ、なんかヤル気失せてきた。お嬢ちゃん帰ってえぇで、お疲れさん」

「え、はぁ……」

 カニチョッキンは少女を解放した。

 走り去っていく少女。もう恐らく出番はない。

 そんな彼女にカニチョッキンは「ホンマ、ゴメンなー」と声をかけて見送った。

「さて、俺もそろそろ帰って……」

「そうはさせない!」

 帰り支度をしようとするカニチョッキンをヒーローは呼び止めた。

「まだやんの? もう、ええやん。女の子帰したし」

「悪は必ず滅ぼされなければならない。さぁ、いざ尋常に勝負!」

「はぁー……しゃーないな」

 カニチョッキンは面倒臭そうな表情をし、肩をコキコキと鳴らした。

 それから数分の後。

「まいりまひた……」

 そこにあったのは、さっきまでヒーローを気取っていたボロ雑巾のような何かが地べたと情熱的なキスをしている姿。

 徹底的に叩きのめされた。圧倒的、敗北。

 ただ幸いだったのは、この上なく不味い土の味をヘルメットのおかげで味合わずに済んだという点だろうか。

 カニチョッキンはボロ雑巾を見下ろしながら胸中で呟いた。

 ……驚くほど弱いなコイツ、と。


 三十分後。

 公園のベンチに腰掛ける二人の姿があった。

「ほら、飲め。俺のおごりや」

 そう言ってカニチョッキンは、俯くヒーローに缶コーヒーを手渡した。上役、親方などを意味する名前の有名コーヒーだ。作者も大好きだ。

「あ、すんません……」

 ヒーローは素直に受け取り、蓋を開けた。不思議なことに彼はコーヒーを喉に流し込む際、ヘルメットを着用したままだった。どうやって飲んだのか。

 そんな謎を気にもとめず、カニチョッキンは空を眺める。陽の光がとても心地良い晴れ渡った空だ。ウトウトと昼寝でもしたくなる。

 その時だった。

「うっ……うっ……」

 聞こえてきたのは嗚咽。

 隣りを見れば、バイザーの隙間からキラリと光るものが見えた。

「おい、なに泣いとんねん」

「お、俺……俺……」

 カニチョッキンはポケットティッシュを差し出した。

 またもやヘルメットを被ったままのヒーローは、豪快な音を立てて鼻をかんだ。何故なのか。もう、ヘルメット自体が彼の顔なんじゃないかと思えてくる。

 使用済みのティッシュを丸めてゴミ箱に捨てたヒーローは話を続けた。

「俺、ホント駄目なんです。全然良いこと無くって。会社はクビになるし、意中の女性に告白したら『私、実の弟がタイプだから……ゴメンね』って言われてフラれるし、三日連続で得体の知れない生物の糞は踏むし……etc」

 次々に自身に起こった不幸を並べ立てる。

 カニチョッキンは「た、大変やったんやな……」と同情の言葉をかけるしか出来る事が無かった。

「ヒーロー業を始めても失敗続きで。最近じゃ、紐状のものを見ると、いっそもう首括って楽になってしまおうかと考える時が……」

「相当、思いつめとるやんけ」

 ふむ、と顎に手をやり、考えるカニチョッキン。彼の両の鋏は人間の手と同様の形に変化させることができる。

 そして暫くして、考えをまとめた彼は言った。

「まぁ、落ち込んどっても何にもならんから、いっぺんウチに来てみぃひんか?」

 その言葉にヒーローはキョトンとした顔になった……と思われる。

「え……ええ!?」

 驚愕の声を上げた。

「今、戦闘員募集しとるから、ちょうどええわ」

「でも、俺、一応ヒーローですよ? 悪の組織で働くのはちょっと……」

「んな細かいことは気にすんな」

 ええか? と言ってカニチョッキンは続ける。

「今ジブンは自信を失っとる。それを取り戻すには環境を変えて一からやり直してみるのも手やと思うねん」

「は、はぁ」

 ヒーローは思考する。

 自信。確かに失敗続きの自分にはそれが著しく欠如している。環境を変えてやり直すというのも理解できる。

 だが、敵の誘いにホイホイついていくのはよろしくないという思いがあるのも事実。

 ここはキッパリと断ろう。そう決意した。

「すんません、誘ってくれるのはありがたいんですが、やっぱり敵の誘いに乗るのは正義の味方としては如何なものかと思うので……」

「ウチの組織、三食昼寝付きやし、漫画読み放題やで」

「是非よろしくお願いします!」

 先程の決意はどこへいったのやら。

 そして後日。

 ―――ま、いいんじゃね?

 面接を受けたヒーローは、首領のあっさりとした一言で悪の組織に即採用され、戦闘員七六五号という呼称を与えられた。


 約三ヶ月が経過。

 栃木県・岩船山採石場跡地での過酷な訓練を経て、七六五号は初の作戦行動に参加することになった。

 その出発前。秘密基地・作戦会議室に今回の作戦の参加者達が集められた。

 黒の全身タイツ風の戦闘服に身を包んだ彼らは整列し、作戦指揮官に注目していた。

「今日はバスジャックを行う。それもただのバスじゃないぞ……なんと、幼稚園バスだ! ヒャッハー!!」

 モヒカンにサングラス、背中に火炎放射器を背負った男が叫んだ。本作戦の指揮を任された世紀末怪人ドクショウである。

 彼のテンションの高さに七六五号を含めた戦闘員達は圧倒された、というよりドン引きしていた。

 と、戦闘員の一人が手を上げ、

「あの~今時バスジャックとか古臭いと思うんすけ――」

「消ぉぉ毒ぅー!」

「ぎゃぁぁぁぁぁ!!」

 哀れ。一人の戦闘員が火炎放射器の餌食となってしまった。

 作戦会議室に戦慄が走る。ある者は極寒の中にいるかのように肩をガクガクと震わせ、またある者は全身タイツの臀部を膨らませて異臭を放った。

 だが心配はいらない。この作品はコメディだから、所謂ギャグ補正のおかげで死人は出ない『はず』だ。

「首領がお考えになられた作戦をディスってんじゃねーぞ、ボケ!」

 ドクショウは激昂した。

 そして彼は気を取り直して「いいか、よぉーく聞け野郎共!」と言って地図が貼られたホワイトボードを持ち出した。

「作戦の内容を説明する。まず場所は丸罰市のここだ!」

 地図を指差す。

「ここのバス停に、こんな可愛らしいフォルムの幼稚園バスがやってくる」

 ホワイトボードに隣りの某的な猫型のバスが描かれる。

 すると、ある戦闘員が、

「その絵は著作権的にマズイのではないか――」

「消ぉぉ毒ぅー!」

「のぉぉぉぉぉん!!」

 よせばいいのに。またもや戦闘員が一人、火炎放射器の犠牲となった。

「描いてる設定なのであって、実際にはイラストなんか載ってないんだから問題ねーんだよ、ドアホ!」

 ドクショウの言っている意味はよく分からなかったが、戦闘員達は恐怖した。

 オッホンと咳払いをするドクショウ。

「続けるぞ。俺達は幼稚園児に扮して、このバスに潜入する。『え、いい年した大人が幼稚園児の格好したところで即バレて警察に通報されるんじゃね?』と思っている奴もいるだろうが大丈夫だ。科学部が開発した『万能変装スーツ』を使えば見た目は完璧な幼稚園児の姿になれる。後はお前達の演技力でカバーしろ」

 地図の、赤いペンで印がしてある部分を指しながら、

「で、バスが出発した後、車も人の通りも少ないこの地点でバスを乗っ取り、警察やヒーローを撒くために迂回ルートを通って基地に帰還する。以上、簡単に説明したが何か質問は?」

 また別の戦闘員が手を上げた。

「園児や運転手の処遇はどうするのですか?」

「園児は戦闘員になるための教育を施し、運転手は怪人に改造だ。後、先生も乗っているだろう。あの幼稚園の先生達は美人揃いで有名だからな。悪の組織が美人に対して行う事といえば……分かるな?」

 ややあってから戦闘員は……、

「あ、はい」

 脳内にピンク色の光景を浮かべながら下品に笑った。

「よし、では二時間後に出発だ。野郎共、抜かるなよ!」

『エフ!』

 戦闘員達が敬礼をしながら一斉に叫んだ。

 エフ。この組織における戦闘員達の了解の言葉である。

「声が小さいぞっ、もう一度!」

『エフ!』

「もっと!」

『エフ!』

「まだまだ!」

『エフ!』

「更に倍な感じで!」

『エフ!』「イーッ!」

「消ぉぉ毒ぅー!」

「あばぁぁぁぁぁ!!」

 うっかり「イーッ!」と言ってしまった戦闘員に、本日三度目となる火炎放射器が放たれた。

「それは他所様の掛け声だろうがぁぁ!!」


 作戦部隊は予定通りに丸罰市の、とあるバス停へとやって来た。

 保護者役を配置せず園児役のみでメンバー構成されているが、現代社会の無関心さのお陰で本物の園児や保護者に怪しまれずに紛れ込んでいる。

「……うぅ、緊張するな」

 内向的な園児の姿の七六五号が呟いていると、どよめきが聞こえてきた。

 一行がバスを待ち始めてから、すでに数十分が経過。

 しかし、バスがやって来ないのだ。

「どうしたんだ?」

「まさか休みとかでは?」

「そんな訳ない。今日は平日だし、園児達も集まっているじゃないか」

「では一体……」

 などと園児役の戦闘員達に不安の色が浮かぶ。

 それは七六五号も同様であった。

 と、その時。

 ドクショウの携帯端末が電話の着信を知らせるメロディを鳴らした。

 モヒカンの中から端末を取り出し、ドクショウは電話に出た。

「はい、もしもし……何……だと……」

 彼の顔が驚愕に歪む。

「……ふむ…………了解」

 端末を持った手を、ゆっくりと下ろしながら通話を切った。

 そしてドクショウは戦闘員達に向かって言った。

「野郎共、大変だ……俺達がジャックする筈だったバスが事故に遭ったらしい」

『な、なんだってー!?』

 戦闘員達の声がハモった。

「急いで救助に向かい、何が何でも作戦を遂行するのだ!!」

『エフ!』

「――そうはいかないぜ!」

 爽やかさの中にゲスさが漂う声。

 ドクショウが振り向くと、そこに先程までいた園児や保護者の姿は無く、色とりどりの戦闘服に身を包んだ集団がいた。

「お、お前らは……セイギファイターズ!?」

 セイギファイターズ。

 始めは僅か三名の小規模なチームであったが、現在では数百名の構成員を抱えるまでに成長した正義の大軍団である。

 モットーは『数の暴力で悪を討つ』――!

 そのリーダーである、八代目アカセイギが一歩前に踏み出して言った。

「世紀末怪人ドクショウ。我々が送り込んだスパイによって、お前達の作戦は全てお見通しだ。大人しく灰燼と化すがいい!」

「え、園児や保護者の方々はどうした?」

 ドクショウの問いにアカセイギはフフンッ、と不敵に笑って言った。

「アレは我々の変装だ。阿呆なお前達には見抜けなかったようだな」

 ドクショウはギリと奥歯を噛み締めた。

「くっ、野郎共、一気に片を付けるぞ!」

『エフ!』

 一斉に飛びかかるドクショウと戦闘員達。

 悪と正義の戦いが始まった。

 だが……、

「甘いっ、ラグドゥネームよりも甘いぜ!」

『グアァァァ!!』

 セイギファイターズは圧倒的な物量差で彼等を返り討ちにしてしまう。

 殴り、蹴り、蹂躙する。

 およそ正義とは呼べない鬼畜の所業。

 そんな一方的な戦いが十五分ほど続いた頃、

「あ、うっ……」

 七六五号は強烈なダメージを受けて倒れ込んでしまった。

 その彼に対してセイギファイターズの一人が待ってましたと言わんばかりに、手に持った剣を振り上げる。

 ――あぁ、終わる。

 七六五号は死を覚悟した。

 己の頑張りが足りなかったのか、或いはそういう星の下に生まれたのか。

 今までに自身に起こった不幸を思い出し、涙が一滴こぼれた。

「死ねぃ!!」

 剣が振り下ろされた。刃が七六五号の首を狙う。

 と、その時だった。

 ガキンッ、と甲高い音と共に剣が弾かれた。宙を舞い、地面に突き刺さった。

 何事かと七六五号は見上げる。

 そこには……、

「あれ? お前、あの時の奴か」

 蟹のようなゴツゴツとした外骨格を持った彼を七六五号は知っている。

「カニチョッキンさんっ! どうしてここへ?」

「いやぁ今日は休みでな、偶々通りかかっただけなんや」

 などと言っているが実際は首領の命を受けて、比較的経験の浅いメンバーで構成されている作戦部隊を見守っていたのだ。

 ちなみに事故に遭遇した幼稚園バスに乗っていた園児や先生は、カニチョッキンの通報で駆けつけたレスキュー隊によって全員無事救助された。

 セイギファイターズを次々と駆逐しながらカニチョッキンは、

「しっかし、こいつら人数多すぎやろ……おい、ドクショウ!」

 ヨロヨロと立ち上がりながらドクショウが「へい、先輩!」と応じた。

「このままやと俺ら数に押されて全滅や。撤退するで」

「わ、分かりやした!」

「そうはさせない!」

 アカセイギがカニチョッキンに仕掛けてきた。

 釘バットと鋏が激しくぶつかり合う。

「さすがはリーダーの赤。やりよるな」

「悪は根こそぎ葬り去る。逃しはしない!」

「フンッ、悪党にも意地があるし、家族もいるんや。くたばってられへんわ!」

 鋏がアカセイギの頭部を捉えた。

 しかし、

「何やと!?」

 予想だにしなかった。

 アカセイギの体がゲル状に変化し、鋏からスルリと抜け出たのだ。

 そして、そのままカニチョッキンの体に巻きついた。

「……グッ、動けへん」

「我が能力を受けた気分はどうだ?」

 アカセイギは下卑た笑みを浮かべながら問うた。

「良いわけあるかっ。ってか、ヒーローが怪人じみた能力使うな!」

「フフ、威勢が良いのも今の内だ」

 すると、カニチョッキンは違和感を覚えた。

 ジュワァ……、という音を立て、体から泡が立ち始めた。

「これは……」

「ゲル化した俺は触れたものを溶かす力を持っているのだ」

 外骨格が徐々に溶けていき、狼狽するカニチョッキン。

「あ、アカンっ! もうお終いや」

「泣け、喚け! このまま跡形も残らず消えるがいい!!」

 勝利を確信したアカセイギは哄笑した。

 だがしかし、余裕をブッこいていられたのもそこまでだった。

「なーんてな」

 カニチョッキンは狼狽えていた表情から一点、今度は悪戯っ子が何かを企んているような笑顔を浮かべた。

 その次の瞬間。

「これは……ぐぎゃぁぁぁぁ!!!」

 炎の奔流がアカセイギとカニチョッキンを包み込んだ。

 ドクショウの火炎放射器が文字通り火を吹いたのだ。

「か、カニチョッキンさぁぁぁん!!」

 カニチョッキンが焼かれる様を目の当たりにして、七六五号は思わず叫んだ。

「ドクショウさん、なんて事してるんですか!? 味方に向かってあんな……」

「落ち着け七六五号。ほら」

 ドクショウは親指で背後を指した。

 七六五号が見ると、そこには……、

「あ」

「よう」

 カニチョッキンが傷一つ無い姿で立っていた。

 どういう事ですか? と七六五号が訊くとカニチョッキンは「脱皮して逃げた」と簡潔に答えた。

 そうか、蟹ですもんね、と七六五号は胸を撫で下ろした。

「あ、アカセイギが殺られた!?」

「これはマズイんじゃなイカ?」

「うえーん、優しく殺してー!」

 リーダーが撃破され、セイギファイターズの指揮系統に乱れが生じ始める。

「今の内にずらかるで!」

 カニチョッキンの指示でドクショウは煙幕弾を使用。

 煙に紛れて作戦部隊は現場から撤退した。


 作戦は失敗に終わったものの、事情を聞いた首領は、

 ―――まぁ、事故じゃ仕方がないね。

 と言って、ドクショウ達を咎めることはなかった。

 そして幾日か過ぎた頃。

 とある繁華街に七六五号とカニチョッキンの姿があった。

「いやぁ、作戦失敗したのに給料はちゃんと満額貰えるし休暇まで付いてくるとは。首領は太っ腹やで」

 ハッハッハ、とカニチョッキンは快活に笑った。

 その隣りを歩く七六五号が、

「で、なんで俺の買い物についてくるんですか?」

「アカン?」

「いや別に構いませんけど、折角の休みなのに野郎二人でお出かけというのは……」

「かまへんやろ。怪人と戦闘員の二人組を見て「そっち」方面と勘違いする奴なんておらんやろうし」

「そういう意味で言ったわけでは……」

 カニチョッキンは話を切り替える。

「それで、何買うの?」

「ピーですβとペロペロすンナ4・ザ・金伝を買おうかと」

「ペロすナ4か。ヒロインの里山知枝ちゃん可愛ええよな」

「そうですね、俺ああいう元気娘は結構タイプです」

 二人の顔がほんわかした表情になった。

 暫く歩いていると、大型家電量販店『びっくりキャメル』が見えてきた。

「お、あの店やな。話してたら俺もなんか買いたくなってきたわ。えーっと、ポイントカードはどこやったかな……」

 カニチョッキンが鞄をまさぐっていた、その時。

「キャァァァァァァ!!」

 悲鳴。そして、けたたましいサイレン。

 二人は声がした方角へと向かった。

 するとそこには、すでに多くの野次馬が集まっており騒然となっていた。

 野次馬達の話し声を聞いていると、どうやら銀行強盗が人質をとって立て籠もっているらしい。

 人混みをかき分け、騒ぎの中心を覗く。

 五階建てビルの一階の店舗部分に全身赤の男と人質にされている女性がおり、それを囲むように警官隊がいた。

 カニチョッキンと七六五号は男に見覚えがある。

「アイツ、アカセイギやないか!」

「オラッ、早く逃走用の車を用意しろ! でないと、この女を<自主規制>して、その様子をネットに流すぞ!」

「嫌ぁぁぁッ、助けて」

 人質の女性は泣き叫んだ。

「無駄な抵抗はやめるんだ。親御さんを悲しませるような真似はするんじゃない」

「そんなの知ったことかっ」

 警官が説得を試みるもアカセイギは聞く耳を持たない。

「ああもう我慢できねぇ、もうヤっちゃうからな、<自主規制>しちゃうからな!」

「やだぁ……許してください」

 アカセイギの手が女性の衣服を掴み、引き千切ろうとする。

 だが……。

「!?」

 高速で飛んできた何かがアカセイギの頬をかすめ、壁に突き刺さる。蟹の鋏だ。

 カニチョッキンと七六五号が、警官が止めるのも聞かずアカセイギへと近づいていく。

「お前達はバスジャック未遂事件の時の……」

「まさか生きとったとはな。なんで、こないな事になったんや?」

 壁に刺さった鋏がカニチョッキンの右腕に戻る。

 彼の問いにアカセイギは怒気を込めて、

「なんでだと? 何もかもお前達のせいだ! 戦いのダメージで能力は使用不能だし、きゅ、上層部からは、お前達を殲滅させることが出来きなかった責任を、きゅ、取らされて降格処分だ。毎日、基地の倉庫の隅っこで『ネジで塔を作っては壊し作っては壊し』っていう謎の作業をやらされてるんだぞ! きゅ、窓際族どころの騒ぎじゃねーぞ!!」

 人質を邪魔だと言わんばかりに突き飛ばす。それを警官は見逃さず素早く助けだした。

 そしてアカセイギは上着を脱ぎ捨て、その腹に巻き付いている物を見せつけた。

 複数の円筒形の物体に電子回路らしきものが接続されている。

 それはまさしく、

「爆弾!?」

 身構えるカニチョッキンと七六五号。

 天を仰ぎながら、アカセイギは「きゅ、きゅきゅっ」と意味不明な声を発した。

「きゅきゅ……これで全部、きゅ……吹っ飛ばす!! キェ―――――!!」

 耳をつんざくような奇声が彼の口から飛び出す。

「なんやアイツ、変な薬でもキメとんのか? やってる事、滅茶苦茶や」

「マズいですよ。ヘタに刺激したら、手に持ってるスイッチを押されて……」

 アカセイギから視線を外さずに七六五号が言う。

 するとカニチョッキンは、

「俺が奴の注意を引きつける。お前は隙を見てスイッチを奪え」

「分かりました……あ、エフ!」

「今は休日やから、その返事はええで」

「は、はい」

 カニチョッキンの「いくぞ」の合図で二人は動き出した。

「なぁ、アカセイギ。一旦落ち着こうか。な?」

「きゅきゅきゅっ、消す、壊す、吹っ飛ばす! きゅっきゅぴー!」

「ヤケになったらアカンて。その内エエ事もあるから、だから今は大人しく罪を償え」

「きゅきゅっ、ボカーンだきゅっ!」

「アカン、だいぶ、おかしくなっとる。聞く耳を持っとらん。こうなったら……」

 カニチョッキンは一世一代の渾身のギャグを披露した。梨の妖精の「あのセリフ」を蟹味噌バージョンで。しかし、それはアカセイギの笑いのツボには全くハマらず、ただ寒い風が辺りに吹き荒ぶだけ。

 つまり、スベったのである。

 両手両膝を地面に付けてカニチョッキンは落ち込んだ。

「あぁ俺が悪いねん。空気読まずにギャグ披露してる俺が悪いねん……」

 だが時間は少し稼いだ。

 アカセイギの背後に回り込んだ七六五号が、この隙にスイッチを奪う事に成功した。

「やりましたよ、カニチョッキンさん!」

「……あぁ、でかした」

 だがしかし……。

「きゅきゅ~!」

 アカセイギが爆弾を思いっきり叩いた。取り押さえられるより早く。

 衝撃で爆発する、逃げられないと判断したカニチョッキンは、

「……アカン、伏せろ!」

 周囲の人間達が皆、体を出来るだけ小さく屈める。

 爆炎や破片が襲いかかって多数の怪我人が出ることは免れない。

 誰もがそう思っていた。

 と、

 ―――ピッ、ピッ、ピッ

 聞こえてきたのは爆音ではなく、規則的な電子音。

 カニチョッキンが顔を上げると、

「なっ……!?」

 そこには黒く太いベルトのようなものに拘束された七六五号の姿があった。

 彼の頭上。デジタル表示の数字が一定の間隔で、その数を減らしており、そして、ベルトの中心部分にはアカセイギから奪った爆弾のスイッチがある。

「こちらが勝手にスイッチやと思ってたのが本物の爆弾やったんか!」

 そう。偽の爆弾が強い衝撃を受けたことで本物の爆弾の時限装置が作動したのだ。

 カニチョッキンはベルトを切ろうとするが、厚さ五センチの鉄板を容易く切る彼の鋏を以ってしてもベルトに小さな切れ込み一つ付けられなかった。

「きゅー! 動き出したらもう解除不可だきゅー!」

 警官に取り押さえられたアカセイギは、そう言い放った。

「何とかならんのか!? 解除の方法は?」

 とカニチョッキン。しかしアカセイギは、

「何ともならないきゅー! アヒャヒャ!」

 ただ下品に笑うのみ。

 わなわなとカニチョッキンは体を震わせた。

「に、逃げてください!」

 と七六五号は言った。

「アホ言うなっ、仲間放っといて自分だけ生き残れるか!」

 カニチョッキンは反論するが、

「いいから……」

「ん?」

「いいから、とっとと失せろ!」

「!?」

「ここで……仲間を見捨てて、逃げるのが……悪党ってもんだろう……が……ッ」

 嗚咽混じりの声で七六五号は言葉を絞るように吐き出した。

 デジタルの数字がゼロに近づいていく。残り数分。

 七六五号が覚悟を決めたとを感じたカニチョッキンは、

「お巡りさん、全員の避難を」

「え、でも」

「………………出来るだけ早く逃げないと」

 光るものが流れた。

 それは自分の非力さを悔やんだものか、それとも……。

 警官はそれ以上何も言えず、大人しく避難の指示を始めた。

 そして、残り……五十秒。

 周辺の避難が完了し、そこにはカニチョッキンと七六五号の二人のみとなった。

「最後になんか言い残すことはないか?」

 カニチョッキンが訊ねると七六五号は、

「コーヒー飲みたいです。初めて出会った時に飲んだ、缶コーヒーを」

「そうか、分かった」

 カニチョッキンは近くの自動販売機でコーヒーを買い、七六五号に飲ませた。

 コーヒーを飲み終え、はぁ、と息を吐く七六五号。

「もう、行ってください。でないとカニチョッキンさんまで巻き添えに」

「そうやな……すまん、何も出来んかって」

「いいえ、俺の運が悪過ぎただけですから」

「お前……」

 カニチョッキンの目の前が滲んだ。

「さぁ、急がないと本当にマズいですよ」

「すまん、ホンマにすまん……ッ」

 七六五号に背を向け、カニチョッキンは全力で走りだす。

 涙を拭い、安全な所まで走った。

 残り……五、四、三、二、一……。

 ドゴォォンッ、という轟音が響き渡り、空気や大地を振動させる。

 振り向くと、さっきまでいたビルが崩れていくさまが見えた。

 瞬間。ガクリと力尽きたように膝をついたカニチョッキンは、

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 泣いた。声が出続ける限り、その場で感情の赴くまま……号泣した。


 いつしか人々は七六五号を、悲劇のヒーロー・ダサイマンと呼ぶようになったという。




 ―――――というような紙芝居を見せながらドクショウは、

「こんな感じでビルを爆破するから。というわけで七六五号、お前お星様になれ」

「嫌です。ってか無駄な部分が多すぎませんか? それにダサイマンっていう、ネーミングセンスの欠片も感じられない名前は」

「消ぉぉ毒ぅー!」

 七六五号はこんがり小麦色に焼けましたとさ。

 彼の出世の道は遠く険しい。

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