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8,長政、仕事を与えられる

「……モノノ怪狩り、ですか?」

「そぉだ」


 清洲城。

 おそらく、軍議などの会合用に設けられた広い部屋。


 俺の目の前の上座で、信長が饅頭を頬張っている。


「あの……わざわざモノノ怪達の領内に侵入してまで、狩るんですか?」


 モノノ怪は大抵が人里離れた場所を好んで暮らしている。

 なので普段、モノノ怪と相対する事はほとんどない。

 旅の中で入らざるを得ない山林で出会してしまったモノを倒したり、たまに人里に降りてくるモノがいるので、それを領主が形成する自警団…いわゆる『領守衆くにもりしゅう』が退治する、って事はまぁあるが……

 狩り、と言う以上、こちらから攻めるのだろう。


「ま、順を追って説明すっか」


 饅頭を食い切り、口の中に残ったカスをお茶で流し込む。

 その作業を終えると、信長は大きなゲップを吐いた。


「さて……じゃあまずは、俺様の方針について、だ」

「方針……」

「俺様は、『専業軍隊』ってのを作ろうと思ってる」


 専業軍隊……軍務、つまり戦う事を専業とする組織を作る、と言う事か。


「この国は昔っから、戦争が起きる度に民から雑兵や小間使いを集める」


 歴史の教義で習った。

 一昔前の乱世では、戦になると百姓まで兵隊として使っていたと言う。

 おそらく、今後も戦が起きる様な事があれば、習わしとしてそうするくにが多いだろう。


「だがよぉ、よくよく考えりゃ、非効率的だとは思わねぇか。百姓を兵隊にしちまったら、しばらく領内の産業や商売が疎かになっちまう。それでいて得られる兵力は数だけの素人集団」

「はぁ……」

「だったら、いっそ分けちまった方が良い。兵と百姓をな。戦う奴と生活を支える奴できっちり境界線を引く」


 兵の数こそ減ってしまうかも知れない。

 だが、そうする事で領内の経済への影響をかなり抑える事ができる。

 更に、兵の役割を持つ者がその力を磨き続ければ、専業兵1人1人が百姓兵幾人分もの戦力となる。

 それならば兵数が減ってしまっても痛手にはならないだろう。


「他が有象無象の雑兵を万連れて来ようが、こっちは精鋭の千でそれを蹴散らしてやりゃあ良い」


 少数精鋭、か。

 相手がどれだけ多勢だろうと、それが戦いの素人ばかりなら、百戦錬磨の戦士の前ではただの障害物でしか無いだろう。

 狼の前に子犬が群れているのと同じだ。

 蹴散らして進めば済んでしまう。

 理には適っていると思う。


「そういう方向で、織田ウチは今、軍備拡張を行っている」

「…………」

「んだ? 微妙な面してんな」

「いえ、この泰平の時代に、軍備拡張、ですか」


 戦なんて起きようもないのに、軍事力を高めてどうしようと言うのだろうか。


「……ああ、まぁ、ついこの前に元服したばっかのガキじゃ、そう思うか」

「はぁ……」

「長政、泰平の世なんざ、いつまでも続かねぇよ。歴史の教義を多少受けてきたんなら、わかんだろ」


 確かに、日ノ本の歴史は戦乱と泰平の繰り返しだ。

 でも、今の泰平はもう100年も続いているのだ。そんな急に戦乱が訪れるとは、思えない。


「テメェ、どうせ『今の大将軍家が天下を治める限り、戦乱なんて有り得ない』とか、タカを括ってるんじゃねぇか?」

「……それは……まぁ」

「足利家が、いつまでも隆盛である保証はないぜ?」


 ……確かに、そうかも知れない。


「ま、保険って所だよ。この軍拡はな」

「保険……ですか」

「どこかに1人、ズバ抜けて強い軍隊を持つ奴がいれば、戦乱はすぐに終わる」


 それはそうだろう。

 そのズバ抜けて強い1人とその軍隊が、他の軍隊をさっさと叩き潰してしまうだろうから。

 敵がいなくなれば当然、戦は終わる。


「もし明日、戦乱の世になっちまったとしても、1日で天下を制覇する様な者がいれば、明後日には泰平の世が訪れる。俺様はそういう軍隊を目指している」


 戦乱を早期決着に導くための備え、か。

 ……信長は、俺なんかじゃ想像もし得なかった未来を見据えている様だ。


「あの……本当に、戦乱の世は来るんでしょうか」

「来る。それも、そう遠くは無ぇだろう」


 信長の声に、瞳に、揺らぎは微塵も無い。

 確証あっての断定だろう。

 信長は、それを裏付けるだけの何かを知っている。


「……怖いか、長政」

「……上手く、想像ができません」

「そらそぉだわな。人と人が大勢でかち合って殺し合うなんざ、狂気の沙汰だ。普通は想像もできねぇ」

「…………」

「だが、戦乱は来るぞ」

「…………!」

「そういう意味でも、戦う覚悟ができてる専業軍隊ってのは、必要なんだ」


 武芸では無く、互いに互いを殺すために刃を交える。

 ……ダメだ。やはり、想像ができない。


「つぅ訳で、その軍拡のために、モノノ怪を狩る」


 そう言えば、モノノ怪を狩る理由について聞いて、今の話になったのだった。

 一体、どういう繋がりが…………あ。


「妖刀、ですか」

「はっ、冴えてきたじゃねぇか」


 妖刀。

 不思議を起こす刀。

 その素材は、モノノ怪。


「妖刀を大量に造り、部隊全体に配備する。専業の兵隊に超常の武器。これ以上の軍隊がどこにある?」


 武を極め、妖刀を振るう戦士。

 それが千もいれば……その戦力は測り知れない。


「だが、悪戯にモノノ怪を狩っても効率が悪ぃし、後味も悪ぃ。狙うは大物一点突破だ」


 大物……つまり……


「『業物わざもの』級の妖刀が作れる様な、上位のモノノ怪を、狩る」


 それが織田のモノノ怪狩り。


「これが、織田家臣の当面の仕事だ。当然テメェにもやってもらうぞ、長政」

「はい!」


 来る戦乱を即刻終わらせるための、準備。

 そのために必要な事だと言うのなら、やってやろうじゃないか。


「ちなみに、モノノ怪狩りは3人1組で行ってもらう」

「3人……」


 遠藤……と、あと1人、探さねば。


「つぅ訳だから、まぁ、頼んだぞ。俺様に殺されたくなけりゃ、死んでも守れよ」

「……へ?」


 殺…ってか、守るって……何を?





「……まぁ、薄らそんな事だろうとは思ったけどな」


 清洲城から少し離れた場所にある『葉端木はばたき山』。

 今回、俺はこの山の奥に生息する上位のモノノ怪を狩る事を命じられたのだが……


「長政様! そろそろお昼ご飯にしましょう!」


 俺より少し先を元気良く駆けていく、お市ちゃん。

 俺がモノノ怪狩りに駆り出されるだろうと読み、信長に俺と組にして欲しいと懇願したのだそうだ。


 当然、上位のモノノ怪と戦うのだから安全な訳が無い。

 信長は却下を繰り返したそうだが……余りのしつこさに、根負けしたらしい。


 あの強気で豪胆な信長も、妹君には勝てないか……

 だから、俺に死ぬ気で守れと命じたのだろう。


 本当、この子は何故こうも俺に付き纏うのだろう。

 俺に懐いているだけ……にしては何かすごい気概だよな。

 基本俺の言う事に逆らわないし反論すらしない。むしろ全力で肯定的。やたら俺に気を使う。そして隙あらば擦り寄ってくる。

 犬で言えば、半生を共にした忠犬並では無いだろうか。

 そこまで慕われる事をした覚えは無いのだが……


 ……まぁ良い、短い付き合いだが、悟った事がある。

 この子と信長の考えは、俺如きでは読み切れない。


 それと、予想外だった事が1つ。


「オウ、俺モ、腹、減ッタ、ゾ」


 俺の倍近い身長に、黒鉄の肌をした1つ目のモノノ怪……弥助だ。

 あと1人の面子が、遠藤では無くこの弥助と言う点である。


 隷属の鎖の効果で、弥助は人を襲おうとすると全身に激しい電撃が走り、その身を内から破壊されて行くのだと言う。

 しかし、それはあくまで人を襲おうとした時。

 対モノノ怪であれば、弥助はその力を遺憾なく発揮できる。


 俺、遠藤、お市ちゃんではモノノ怪狩り素人だけの組になってしまう、と言う信長の計らいである。


「この石など、座るには良い塩梅ですね」

「だな」


 大きめの岩を見つけ、その上に腰を下ろす。


「私、腕によりをかけておむすびを拵えて来ました!」

「おお」


 お市ちゃんが巾着から取り出した包みの中には、大きめの真ん丸握り飯が3つ。


「チッ、タダ、ノ、握リ、飯、カヨ」


 などと文句を言いつつも、弥助が握り飯を2つ掴む……というより、摘む。

 そしてその内の1つを、俺の方に差し出して来た。


「ホレ」

「…………」

「何ダヨ」

「いや、この前とは随分と態度が違うなぁ、と……」


 以前はいきなり問答無用で殺しかかって来た奴が、まさか気を利かせて握り飯を取ってくれるとは。


「…………ソリャアナ。俺ハ、コノ鎖ノ、セイデ、オ前ラ、ニハ、逆ラエナイ」


 弥助の右肩から左腰へ、左肩から右腰へ、腹の辺りで交差する様に巻かれた重い鎖。

 モノノ怪の行動を制限する道具。


「コノ鎖ガ、付イテル、間ハ、俺ハ、人間ノ、奴隷、ダ」

「……奴隷……か……」


 鎖に繋がれて、行動を制約されて、命令を強制される。

 ……確かに、奴隷だな。


「ソレ、ヨリ、サッサト、取レ、ヨ」

「あ、おう、悪い」


 俺が握り飯を受け取ると、弥助はのそのそと近場の木に登り始め、その枝の上で握り飯を食い始めた。

 と言っても、弥助の口のサイズでは2口で完食だが。


「長政様? どうかなされたのですか?」

「……いや」


 奴隷……弥助の今の扱いって、弥助自身が余り友好的では無い所に起因するんだよな。

 だってあいつ、他のモノノ怪に比べてかなり知性が高いから……その気になれば人間と共存する事は難も無いはずだ。

 あいつがこちらに協力的な存在だと信長に思わせれば、どうにかなるのでは無いだろうか。


 信長は普通とは違う常識の中で生きている。

 もしかしたら、モノノ怪を普通の家臣の様に扱う、なんて事もありえるのでは……


 別に弥助の奴隷の様な境遇に同情してこういう事を考えている訳では無い。

 俺はあいつに殺されかけた事すらあるんだ。同情なんてするものか。


 弥助には有用性があるのだ。

 あの戦闘能力を兵力として数えられるなら、信長の目的である『戦乱を終わらせる軍隊』の大きな柱になるのでは無いだろうか。

 そう考えついてしまい、ちょっと有効活用できないかな、とか考えているだけである。


 ……でも鎖が外れた途端人を襲った前科がある以上、そう簡単には行かないか。


「……やっぱ、問題は前科だよなぁ……」


 ……今すぐどうにかしてやるってのは難しそうだ。

 とりあえず、お市ちゃんの隣りに腰を下ろし、握り飯を頬張る。


「ん、美味い」

「……私の手垢を……ふふふ……長政様が……ふふふふ……」

「……? 今何か言ったか?」

「いえいえ。美味しいと言ってもらえて、私は満足です!」



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