12,四天王、猛る
満月の京。
焼け落ちた将軍御所跡地に本陣を構えた松永・三好軍。
そこに攻め入るは、松永らと比較すると寡兵と言わざるを得ない織田・浅井・斎藤の連合軍。
桁の違う攻防。
攻防入り乱れる平地での合戦でも無い限り、基本として攻める側は守り側より数が多くてナンボである。
まともな籠城戦であれば、攻め側が守りの10分の1程度の兵数など、話にならない。
話にならない、はずだった。
「火が、火がぁぁああああぁぁ!」
「何だあの豪炎は……!? 妖刀にしても、おかしいでは無いかぁ!」
「散れ! 固まればまとめて焼き尽くされるだけ…びゃっ」
松永・三好軍の有象無象が紅蓮の炎龍に飲み喰らわれ、そして塵と化してゆく。
「……道を開けよ」
馬上にて振るわれる、紅色の刃。
その軌跡をなぞり濃厚な炎が生まれ、そして松永・三好兵へと襲い掛かる。
飲まれれば最後、骨の欠片も残さず焼き尽くされる、まさしく獄炎。
「この光秀……信長様の怒りを買った者に、容赦はしない!」
織田四天王が筆頭、明智光秀。
白い眼帯を左目に宛てがった、信長の腹心。
与えられし魔剣は『斬魔燃焼・ケルヴィーム』。
その紅色の刃は、振るわれる度に万物を焼き尽くす豪炎を吐き続ける。
「………………」
「ぐっ、何だこの透明な壁は!?」
「………………」
「槍も剣も弓も通らぬ!」
「………………」
「このっ、このっ……」
「…………無駄……だ……」
その鉄仮面で顔を隠した騎兵は、半透明の板で形成された箱に覆われていた。
「……『デュランダーナ』の……『結界』は……不滅……」
鉄仮面の騎兵が、その手に持っていた両刃の長刀を軽く振るう。
それに合わせ、その周囲の半透明の板が動き出す。
箱が開く様に板達が5枚に別れ、そして、超速回転。
「……行け……」
半透明な板達が、回転しながら戦場を駆け抜ける。
その強度に凄まじい回転速度が加わる事で、その半透明の板は最強の刃と化す。
甲冑を豆腐か何かの様に、次々と敵兵の胴を両断していく。
「……切捨、御免……」
織田四天王が1人、滝川一益。
鉄仮面で素顔を隠した、寡黙な男。
与えられし魔剣は『絶対不滅・デュランダーナ』。
どんな手段を以てしても破壊できない透明な板を生み出し、操る事ができる。
「がはははは! 退けい退けい! 有象無象が洒落臭いぞぉぉぉ!」
獣の咆哮の様な声を張り上げ、自らの足で直進する、熊の様な毛深い大男。
その手に持つは、自身の身の丈程もある鍔の無い両刃の大剣。
「ぶぅあはっはっはっは!」
馬も人も関係無い。
その大男の眼前の全てが、天高く薙ぎ飛ばされていく。
「くっ! 怪力無双か! 弓隊、あの下馬した髭男を狙え!」
大男の射程外から弓を構える兵隊達。
ただの怪力馬鹿が相手なら、有効な手段だっただろう。
「ふぅむ! 弓隊か! 小賢しい!」
大男が大剣を振りかぶる。
すると、その刃が淡い銀色の輝きを放ち始めた。
「だぁが……殿より頂いたこの刀に、『射程外』は存在せんぞぉぉぉおおぉぉお!」
横薙ぎに振るわれる大剣。
その斬撃を体現する様に、三日月型の光の塊が飛翔する。
「ひ、ひぃぃぃぃぃいいぃぃぃ!?」
弓隊の虚を突く光の斬撃。
その斬撃が、弓隊を1人残らず両断した。
「よぉし! 次だ次ぃ! ぐわっはっはっはっは!」
織田四天王が1人、柴田勝家。
鬼神の如き怪力を誇る、織田家随一の武闘派。
与えられし魔剣は『豪龍断頭・アースケロン』。
斬撃の射線上に万物を斬り裂く光の刃を飛ばす。その最大飛距離は天の雲の遥か上まで届く程。
「槍、ぐぇぁっ!?」
「ち、違う、無数の刀……ぎゃげっ」
「ひぃぃ!? もう嫌だ、何なんだこいつらはぁぁ!?」
切り刻まれ、肉片と化していく松永・三好兵達。
その血肉舞う嵐の中心にいるのは、まだ10歳かどうかも怪しい幼気な少年だ。
頭髪は返り血で赤く染め上げられ、その手には鋼色の球体。
「モノノ怪より大分簡単に死ぬな、こいつら。それでも兵士かよ」
くだらない、そう吐き捨て、少年は鋼球を軽く叩く。
それに呼応する様に鋼球が変形する。
鋼球は2つに分裂し、柄も鍔も鋼色に輝く双剣と化す。
「ま、また変形したぞ!」
「いちいち騒ぐなよ。大体、そろそろ見飽きてきただろ」
少年が双剣を振るうと、刃が伸び、うねり、蛇行し、次々に敵兵の首を刈り取り、腹を裂いて臓物を抉り出してゆく。
「な、何なんだ、このガキはぁぁぁ!?」
「っ、お、俺はこれでももうすぐ20歳だっつぅの!」
次は槍。次は弓。次は薙刀。次は鎖鎌。
形も数も自由自在に、鋼球は変形してゆく。
「……ふん。血肉に飽き足らず糞尿まで撒き散らして。どっちがガキだかな。オムツでもしてろってんだよバーカ!」
織田四天王が1人、丹羽長秀。
外見は幼気溢れるが、実は20歳手前。身長が伸びない事と童顔過ぎる事はかなり気にしている。
与えられた魔剣は『千刃乱舞・グインヴォルグ』。
使い手の思いのままに変形・分裂する。威力は抜群。本来の基本形態は槍型だが、長秀は球形に設定している。
炎魔の明智光秀。
不落の滝川一益。
豪力の柴田勝家。
変幻の丹羽長秀。
これが、織田四天王。
ひと振りで万の戦局を覆すとされる、六天魔剣を与えられし強者達。
「あーらららららぁ……」
松永・三好軍、本陣。
総大将・松永久秀の目の前で、三好三人衆と呼ばれる河内の有力な3人組が地に倒れ伏す。
「魔剣を抜くまでも無ぇ」
赤いマントを翻し、織田家当主・織田信長は吐き捨てる様につぶやいた。
その手には、拳銃。その銃口からは、硝煙が立ち上っている。
「南蛮の小型の銃、かぁ。初めて見たなぁ、それ」
「テメェが松永久秀か」
「そぉだよ。君が、織田信長だねぇ?」
「だったら何だ」
「良いねぇ、その不遜な感じ。仕えたくなっちゃう」
あは、と軽く笑い、松永が剣を抜く。
その刃に触れた物に関連するあらゆる現象を『反転』させる『聖剣』、アロンダイト。
「僕ねぇ……君みたいな、『器』を持ってる人を見ると、ついつい臣従したくなっちゃうんだ。そして、僕を信じきった所で裏切って殺したい」
「テメェなんぞ信用しねぇ。そもそも、テメェが泣き喚いて降伏しようが、家臣にする気もサラサラねぇ」
「うん、だろぉねぇ。君はぁ、僕が憎いだろぉからねぇ」
「……そのねっとりした喋り方やめろ。不快だ」
「無ぅ理。もぉクセみたいな物だからさぁ」
「そぉか。じゃあ黙らせてやる」
信長は拳銃をしまい、その腰に携えた大太刀の柄に指をかける。
その魔剣の名は『覇王超越・ダーインスレイヴ』。
月光を受けて怪しく輝く漆黒の刃は、見た者の心を掴み、支配する。
「あは。噂通り、すごい迫力ぅ。流石、六天魔剣の中でも最強のひと振り」
「六天魔剣を知ってんのか」
「うん。本当はぁ、僕がぜーんぶ買いたかった」
「そいつぁ残念だったな」
もし『覇』の『器』を持たぬ者がダーインスレイヴの刃を目にしたのなら、心奪われ、しばらくは腑抜けと化すだろう。
ダーインスレイヴは覇王に、そして覇王すら越える者に相応しき魔剣。
それ以下の者は、眺める事すら生命に関わる。
ましてや、触れてしまえば即死は免れない。
「ダーインスレイヴを携帯するだけでも相当な強者……それを抜刀する……君は本物だねぇ、信長ぁ。心酔してしまいそぉだぁ」
「もう喋るな、殺すぞ。喋らなくても殺すけどな」
「あは、来なよぉ」
松永の口角が、愉悦に歪む。
信長はアロンダイトの力を知らない。
ダーインスレイヴとアロンダイトの刃が交わり、鍔迫り合いに持ち込んだら、即座に信長の皮膚を表裏反転させてやろう。
義輝公の様に無残に、無様に、滑稽に、もがき苦しませて殺してやろう。
そう笑った。
その刹那だった。
松永が、自分の想定の甘さを悟ったのは。
無言で殺意だけを乗せて斬りかかってきた信長。
その刃を、受けたはずだった。
「え……」
ダーインスレイヴの刃は、アロンダイトの白刃諸共、松永の体を袈裟懸け状に両断した。
アロンダイトに能力を発動する暇も与えず、破壊した。
「う、そぉ……こんなの……有りぃ……?」
「ダーインスレイヴは斬った奴の魂魄を食らって、進化し続ける。テメェが何時のダーインスレイヴを知ってたか知らねぇが……今のこいつは、確実に別モンだ」
覇王超越・ダーインスレイヴ。
その刃は、切り捨てたモノの生命を喰らい、その覇の力と斬れ味を増し続ける。
覇道を進めば進んだ分だけ、無限に強くなる。過去の己を超越し続ける魔剣なのだ。
その剣を遺憾なく振るう信長の様は、まさに覇王と呼ぶに相応しい。
「あ、あぁ……あぁあぁ……」
分割され、地に落ちた松永。
その頭部を、信長は全力で踏みつける。
「……チッ。勢い余って、一撃で殺しちまった」
もう少し斬り刻んでから殺すつもりだったが、殺してしまったモノは仕方無い。
死体を弄ぶ趣味は無いし、あと2・3発蹴りを入れて焼き払ってしまおう。
「信長様!」
「おう、光秀か」
「外の軍勢は粗方掃討・鎮圧しました」
「ご苦労。こっちも片付いた」
「……ぶふ……ま、だだよぉ……信長ぁ……」
「!」
信長に踏みつけられた松永が、まだ笑っている。
「しぶといな。丁度良いけどよ」
「……僕で、遊んでる場合かなぁ……?」
「あぁ?」
「……くふ、予言して、あげるよぉ……尾張はぁ、もうすぐ滅ぶ……」
「とりあえず、その適当な負け惜しみを言う舌から刻むか」
「今川が、滅ぼす」
「今川だぁ……? ……っ……!」
尾張が滅びる。今川が滅ぼす。
その言葉を聞き、信長は即座に最悪の仮説を立てた。
名君をわざわざ殺害する理由。
それは、世を荒らしたい以外に思い当たらない。
だが、名君が死んだだけでは世がすぐに荒れる事は無い。
「テメェ……まさか……!」
「はは……察しも良ぃ……」
名君の死と共に戦乱の世を誘発する術が、1つだけ存在する。
その死と同時に、火種を起こしてしまえば良いのだ。
「っ……光秀! 全軍に通達! 尾張に全速で引き返すぞ!」
こんな奴を踏みつけている場合では無い。
信長が足をどけ、走り出そうとした時だった。
「あ、ははぁははあああぁぁああぁあああぁぁ!」
「!!」
上半身だけで、松永が信長に飛びかかったのだ。
その手に、へし折れたアロンダイトを握りしめて。
「信長様!」
しかし、信長の傍らには光秀がいた。
光秀は一瞬でケルヴィームを抜刀。
空中で、松永を斬り捨てる。
同時に、その両断した肉体を焼き尽くす。
松永を斬った際、僅かな血液が光秀の眼帯に付着した。
「が、ぎゃは……ふ、ふ……見守ってるよぉ……信長ぁ…居場所を失うか……天の寵愛を、受けるか……!」
それが、炎に包まれ消えゆく松永久秀の最後の言葉だった。
「見守るだぁ? あの世からか……? まぁ良い。助かったぞ、光秀」
「礼にはおよびま……せっ……?」
一瞬だけ、光秀の意識が揺らいだ。
「……どうした?」
「あ、いえ……少々、立ちくらみの様です。心配には及びません」
「そうか……とにかく急ぐぞ。尾張がヤバい。松永が手を組んでたのは、三好だけじゃなかったみてぇだ」
「なっ……まさか……」
「今川とも組んでやがったみてぇだな……!」
「では……」
「俺様達は、まんまとハメられたって事だ……クソッタレ!」
将軍を殺せば、真っ先に征伐に全力を傾けるであろうは、義輝公に縁深い織田に決まっている。
織田軍の主力を京まで誘い出し、尾張の防御を薄くさせた所を隣領の今川に攻めさせる。
それが松永の狙いだったのだ。
1領が戦を始めれば、戦いは連鎖していく。
戦乱の幕開けになってしまう。
「っ……」
駿河は広い。
兵力はかき集めれば相当なものになるだろう。
長政と秀吉、そして2百の兵だけでどうにかできるとは思えない。
「死ぬ気で帰んぞ! 間に合わなきゃ、帰る場所が無くなって野垂れ死にだ!」
この時、信長も光秀も急ぐあまり、気付いていなかった。
光秀の純白の眼帯に付着したはずの松永の血痕が、いつの間にか消え失せていた事に。




