9,長政、重臣と話す
清洲城。
城内には、城の者が食事を取れる食堂が設備されている。
重臣級の家臣どころか、信長までここで食事をする事があるのだと言う。
南蛮の物を真似て作らせたと言う背もたれ付きの足の長い椅子や、やたら足が細長い卓袱台。
それらが100近くも並ぶ光景は、中々異質な物である。
夕飯時。
食堂が城勤めの者達でごった返す中。
俺とお市ちゃんも食事を取るべくやって来た。
白飯、漬物、味噌汁、鮭の塩焼きと、標準的な定食の乗った御膳を受け取り、席を探す。
「しっかし、こういう形態の食事は初めてだな」
小谷城では、飯時になると女中さん達が部屋に膳を持ってきてくれた。
まさか自分で膳を運ぶ日が来るとはな。
まぁ、この程度の手間でぶつくさ言う事は無いが。
「つぅか、席、空いてなくね……?」
「こういう時は、相席させてもらうのですよ、長政様」
椅子に空きのある卓に混ぜてもらう、と言う事か。
大体1卓に椅子は4脚。
俺達と同様、2人組の席を探して混ぜてもらおう。
「市姫様、席をお探しですか?」
ふと、横合いからかけられた声。
声の主は、優しそうな青年。その左目には、医療用の白い眼帯。
着衣の上からでは優形に見えるが……雰囲気でわかる。多分、すごく腕の立つ人だ。
着物を脱いだら鋼の肉体、だったとしても驚かない。
そしてその青年の隣りに座っているのは……鉄の仮面で目元口元以外を覆い隠した、変わった風体の……多分、男。
「明智様、滝川様」
「明智…滝川……」
その名前、信長から聞いた覚えがある。
信長が、「魔剣を与えた優秀な重臣共」として挙げた4つの名前。
織田内では『織田四天王』と称されているらしい、4人の豪傑。
「そちらの方は、噂の近江のお坊ちゃんですか? 丁度2席空いていますが、ご一緒にいかがでしょう」
……近江のお坊ちゃん、か。
まぁ間違いでは無いが、余り嬉しくない名前の広がり方をしている様だ。
眼帯の青年の笑顔を見る限り、悪意は無く、ただその情報しか無かったからそう言った、と言うだけだろう。
一方で、鉄仮面は黙々と食事を続けている。
「長政様、明智様のお言葉に甘えましょう」
「あ、おう」
お言葉に甘える、か。
って事は、この笑顔の眼帯青年が明智光秀。
鉄仮面の方が滝川一益、か。
「自己紹介、必要かな。僕は明智光秀。一応、信長様の側近の様な物に任命されているよ。重臣、って奴だね」
「……滝川……一益……役柄は……光秀と、同じだ」
「どうも……浅井長政、です。よろしくお願いします」
信長の重臣、そして六天魔剣を与えられた者達、織田四天王。
光秀さんは……何か、大分気さくな感じだな。加えて爽やか系と言う感じ。
一益さんは……色々と掴めない。鉄仮面のせいで表情が読めないのもあるが、それを抜きにしてもよくわからない雰囲気だ。
とりあえず2人とも悪い人では無さそうだ。
「早速質問責めにしていいかな、長政くん」
「は、はぁ、どうぞ……」
「……安請け合いは……後悔の元…だぞ……」
「へ?」
……一益さんの言葉の意味が、よぉくわかった。
中々、壮絶だった。
お市ちゃんに受けた質問責めよりも、多くて細かくて何より矢継ぎ早だった。
根掘り葉掘り、って言葉はこう言う時に使うのだろう。
おかげで、俺も光秀さんも全然食事が進んでいない。
もう一益さんとお市ちゃんは食べ終わりそうだぞ。
「大分、君の事がわかった気がするよ」
「はぁ……」
そら、こんだけ質疑応答して「わからない人だね」とか言われたら溜まった物では無い。
光秀さん、大人っぽい外見に似合わず、中々に好奇心が旺盛らしい。
姉上や遠藤と同じ人種か……
「そう言えば……」
まだ何かあるのか。
「昨日、モノノ怪狩りに行ったらしいね。どうだった? 話じゃ『主』級のを狩ったそうじゃないか」
「……あー……」
それは……
「……お市ちゃんと弥助が、瞬殺したので……俺は何も」
先日の狩り、俺達は翼の生えた巨大な虎のモノノ怪に遭遇したのだが……
お市ちゃんがレーヴァテインの炎撃で足を止め、弥助が頭蓋を叩き割るという瞬殺劇だった。
……要するに、俺は鬼神薊の柄を握ってすらいない。
何と言うか……虚しかった。
泰平の未来ためにやぁってやるぜ! とか気張ってただけに、尚更。
「あ、あははは……元気出して。魔剣使いと魔剣級のモノノ怪が同伴じゃ、そうなっても仕方無いって」
「俺はこの場に必要なのか、と本気で思いました……」
「必要か否かなど愚問です! 長政様が居たからこそ、私は本気が出せたんですよ! 長政様は居てくれるだけで充分なのです!」
「市姫様、居るだけで充分というのは、武士へかける言葉としてはいかがな物かと……」
「そうですか? 本当にずっと傍らに居てくれればそれだけでも……昂ります」
光秀さんの言う通り、ちょっと寂しい。
「…………」
元気出せよ、と言う事だろうか。
一益さんが無言で漬物を1片分けてくれた。
「でも安心したよ、長政くん」
「安心、ですか?」
「君は織田家でやって行けそうだ」
どういう意味だろうか。
「まぁ、価値感の問題だし、それが間違いであるとは言わないけど……山奥に住む人畜無害だったモノノ怪を狩るなんて、って思う人もいる訳だよ、中には」
それはまぁ、確かに。
でも、この皿に乗った焼き鮭と同じだ。
鮭は人畜無害。
それでも、鮭を食料として狩る事には何の抵抗も無い。
モノノ怪を狩る事が必要だと思える理由があるなら、その生命を奪う事に特に抵抗を覚える事は無い。
人は、理由があれば行動できる。
……ただ、そういう風に割り切れない人もいる、と言う事か。
「これくらいも割り切れない様じゃ、戦乱の世なんてとても耐えられないだろう。だから君の様子を見て、安心した」
……そうだ。もし、戦乱の世が来たら……
俺は、「必要だから」と人を斬らなきゃいけないかも知れないんだ。
「……あの、二人は、人を斬ったことが……」
「あるよ」
さらっと、光秀さんが即答。一益さんもこくりと頷いた。
「織田軍は領守衆の任も兼ねているからね。僕も一益くんも、その任の中で不埒な悪党を何人も撫で斬りにしてきた」
「その、平気……なんですか?」
「うん、斬らなきゃいけない相手だからね」
本当に、さらりと言い切る。
「……大丈夫だ……」
「え?」
「お前は……『斬れる方』だ……」
「斬れる……方……?」
「……僅かな葛藤は……するかも知れない……それでも……自分なりの答えを出して、剣を握れる……そういう、猛者の目をしている」
「一益くんの審美眼は中々だよ。そのお墨付きが得られたんだ。ますます安心した」
「……はぁ……」
俺が、猛者……?
「それに大丈夫ですよ! 長政様にはお市が付いております! 万が一長政様が戦えぬと言うのであれば、このお市が全力で代わりを務め、そして守りますので! むしろ守りたい……!」
「……それは男として遠慮しておく」
人を殺める事に拒否反応を示すのは、仕方無いかも知れない。
多分、俺は寸前で迷うと思う。拒否反応と言う壁の前に立ち止まると思う。
でも、その壁をただ眺め、自分よりも幼い女の子に手を汚させるなんて、そんなの余りにも無様では無いか。
「うう、その男らしさは素敵ですが、惜しい気もします……」
「ふふ、噂通り、本当に骨抜きみたいだねぇ……」
「?」
「1つ……助言しておく……」
「はい」
「人を……斬る時は……感情で斬るな……理性で、斬れ」
「……?」
「そうすれば……僅かな葛藤さえ、捩じ伏せられる……かも知れぬ」
「はぁ……」
どういう意味だろうか。
理解はできないが適当な発言とは思えないし、頭の片隅に置いておこう。
「はいはい。さ、そろそろお喋りは切り上げて、ご飯を進めよう、長政くん」
「あ、はい」
まだ、尾張に来てからそう日は経っていないが……なんとなく、俺はここでやって行けそうな気がする。
重臣の2人のお墨付きももらえた事だし。




