表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/37

9,長政、重臣と話す

 清洲城。

 城内には、城の者が食事を取れる食堂が設備されている。

 重臣級の家臣どころか、信長までここで食事をする事があるのだと言う。


 南蛮の物を真似て作らせたと言う背もたれ付きの足の長い椅子や、やたら足が細長い卓袱台ちゃぶだい

 それらが100近くも並ぶ光景は、中々異質な物である。


 夕飯時。

 食堂が城勤めの者達でごった返す中。

 俺とお市ちゃんも食事を取るべくやって来た。


 白飯、漬物、味噌汁、鮭の塩焼きと、標準的な定食の乗った御膳を受け取り、席を探す。


「しっかし、こういう形態の食事は初めてだな」


 小谷城では、飯時になると女中さん達が部屋に膳を持ってきてくれた。

 まさか自分で膳を運ぶ日が来るとはな。

 まぁ、この程度の手間でぶつくさ言う事は無いが。


「つぅか、席、空いてなくね……?」

「こういう時は、相席させてもらうのですよ、長政様」


 椅子に空きのある卓に混ぜてもらう、と言う事か。


 大体1卓に椅子は4脚。

 俺達と同様、2人組の席を探して混ぜてもらおう。


「市姫様、席をお探しですか?」


 ふと、横合いからかけられた声。

 声の主は、優しそうな青年。その左目には、医療用の白い眼帯。

 着衣の上からでは優形に見えるが……雰囲気でわかる。多分、すごく腕の立つ人だ。

 着物を脱いだら鋼の肉体、だったとしても驚かない。


 そしてその青年の隣りに座っているのは……鉄の仮面で目元口元以外を覆い隠した、変わった風体の……多分、男。


明智あけち様、滝川たきがわ様」

「明智…滝川……」


 その名前、信長から聞いた覚えがある。

 信長が、「魔剣を与えた優秀な重臣共」として挙げた4つの名前。

 織田内では『織田四天王』と称されているらしい、4人の豪傑。


「そちらの方は、噂の近江のお坊ちゃんですか? 丁度2席空いていますが、ご一緒にいかがでしょう」


 ……近江のお坊ちゃん、か。

 まぁ間違いでは無いが、余り嬉しくない名前の広がり方をしている様だ。


 眼帯の青年の笑顔を見る限り、悪意は無く、ただその情報しか無かったからそう言った、と言うだけだろう。

 一方で、鉄仮面は黙々と食事を続けている。


「長政様、明智様のお言葉に甘えましょう」

「あ、おう」


 お言葉に甘える、か。

 って事は、この笑顔の眼帯青年が明智あけち光秀みつひで

 鉄仮面の方が滝川たきがわ一益かずます、か。


「自己紹介、必要かな。僕は明智光秀。一応、信長様の側近の様な物に任命されているよ。重臣、って奴だね」

「……滝川……一益……役柄は……光秀と、同じだ」

「どうも……浅井長政、です。よろしくお願いします」


 信長の重臣、そして六天魔剣を与えられた者達、織田四天王。

 光秀さんは……何か、大分気さくな感じだな。加えて爽やか系と言う感じ。

 一益さんは……色々と掴めない。鉄仮面のせいで表情が読めないのもあるが、それを抜きにしてもよくわからない雰囲気だ。


 とりあえず2人とも悪い人では無さそうだ。


「早速質問責めにしていいかな、長政くん」

「は、はぁ、どうぞ……」

「……安請け合いは……後悔の元…だぞ……」

「へ?」




 ……一益さんの言葉の意味が、よぉくわかった。


 中々、壮絶だった。

 お市ちゃんに受けた質問責めよりも、多くて細かくて何より矢継ぎ早だった。

 根掘り葉掘り、って言葉はこう言う時に使うのだろう。


 おかげで、俺も光秀さんも全然食事が進んでいない。

 もう一益さんとお市ちゃんは食べ終わりそうだぞ。


「大分、君の事がわかった気がするよ」

「はぁ……」


 そら、こんだけ質疑応答して「わからない人だね」とか言われたら溜まった物では無い。

 光秀さん、大人っぽい外見に似合わず、中々に好奇心が旺盛らしい。

 姉上や遠藤と同じ人種か……


「そう言えば……」


 まだ何かあるのか。


「昨日、モノノ怪狩りに行ったらしいね。どうだった? 話じゃ『主』級のを狩ったそうじゃないか」

「……あー……」


 それは……


「……お市ちゃんと弥助が、瞬殺したので……俺は何も」


 先日の狩り、俺達は翼の生えた巨大な虎のモノノ怪に遭遇したのだが……

 お市ちゃんがレーヴァテインの炎撃で足を止め、弥助が頭蓋を叩き割るという瞬殺劇だった。


 ……要するに、俺は鬼神薊おにあざみの柄を握ってすらいない。


 何と言うか……虚しかった。

 泰平の未来ためにやぁってやるぜ! とか気張ってただけに、尚更。


「あ、あははは……元気出して。魔剣使いと魔剣級のモノノ怪が同伴じゃ、そうなっても仕方無いって」

「俺はこの場に必要なのか、と本気で思いました……」

「必要か否かなど愚問です! 長政様が居たからこそ、私は本気が出せたんですよ! 長政様は居てくれるだけで充分なのです!」

「市姫様、居るだけで充分というのは、武士へかける言葉としてはいかがな物かと……」

「そうですか? 本当にずっと傍らに居てくれればそれだけでも……昂ります」


 光秀さんの言う通り、ちょっと寂しい。


「…………」


 元気出せよ、と言う事だろうか。

 一益さんが無言で漬物を1片分けてくれた。


「でも安心したよ、長政くん」

「安心、ですか?」

「君は織田家ここでやって行けそうだ」


 どういう意味だろうか。


「まぁ、価値感の問題だし、それが間違いであるとは言わないけど……山奥に住む人畜無害だったモノノ怪を狩るなんて、って思う人もいる訳だよ、中には」


 それはまぁ、確かに。

 でも、この皿に乗った焼き鮭と同じだ。


 鮭は人畜無害。

 それでも、鮭を食料として狩る事には何の抵抗も無い。

 モノノ怪を狩る事が必要だと思える理由があるなら、その生命を奪う事に特に抵抗を覚える事は無い。


 人は、理由があれば行動できる。


 ……ただ、そういう風に割り切れない人もいる、と言う事か。


「これくらいも割り切れない様じゃ、戦乱の世なんてとても耐えられないだろう。だから君の様子を見て、安心した」


 ……そうだ。もし、戦乱の世が来たら……

 俺は、「必要だから」と人を斬らなきゃいけないかも知れないんだ。


「……あの、二人は、人を斬ったことが……」

「あるよ」


 さらっと、光秀さんが即答。一益さんもこくりと頷いた。


「織田軍は領守衆くにもりしゅうの任も兼ねているからね。僕も一益くんも、その任の中で不埒な悪党を何人も撫で斬りにしてきた」

「その、平気……なんですか?」

「うん、斬らなきゃいけない相手だからね」


 本当に、さらりと言い切る。


「……大丈夫だ……」

「え?」

「お前は……『斬れる方』だ……」

「斬れる……方……?」

「……僅かな葛藤は……するかも知れない……それでも……自分なりの答えを出して、剣を握れる……そういう、猛者の目をしている」

「一益くんの審美眼は中々だよ。そのお墨付きが得られたんだ。ますます安心した」

「……はぁ……」


 俺が、猛者……?


「それに大丈夫ですよ! 長政様にはお市が付いております! 万が一長政様が戦えぬと言うのであれば、このお市が全力で代わりを務め、そして守りますので! むしろ守りたい……!」

「……それは男として遠慮しておく」


 人を殺める事に拒否反応を示すのは、仕方無いかも知れない。

 多分、俺は寸前で迷うと思う。拒否反応と言う壁の前に立ち止まると思う。

 でも、その壁をただ眺め、自分よりも幼い女の子に手を汚させるなんて、そんなの余りにも無様では無いか。


「うう、その男らしさは素敵ですが、惜しい気もします……」

「ふふ、噂通り、本当に骨抜きみたいだねぇ……」

「?」

「1つ……助言しておく……」

「はい」

「人を……斬る時は……感情で斬るな……理性で、斬れ」

「……?」

「そうすれば……僅かな葛藤さえ、捩じ伏せられる……かも知れぬ」

「はぁ……」


 どういう意味だろうか。

 理解はできないが適当な発言とは思えないし、頭の片隅に置いておこう。


「はいはい。さ、そろそろお喋りは切り上げて、ご飯を進めよう、長政くん」

「あ、はい」


 まだ、尾張に来てからそう日は経っていないが……なんとなく、俺はここでやって行けそうな気がする。

 重臣の2人のお墨付きももらえた事だし。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ