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第一部

 白花警察署に隣接する、小岩ビルの屋上にて無線機を片手に男は息を止めていた。

 漆黒の夜空に黒いパーカーを羽織り、闇にいつでも紛れるような格好で静かに無線機からの音を聞いている。

 少し寒いが、男は煙草を片手に携帯を別の手で開いた。


「もしもし、俺だ。今標的が外を出た。今から計画を実行しろ」

『了解』


 無線機の向こう側から声が単調に響く。


 署の秘密口から出た春樹と冬香は、少々の肌寒さに身震いした。


「……まだ少し寒いですね」

「確かにな」


 夜空を眺めると星が綺麗に輝いている。そんな中、冬香が珍しく春樹の腕を掴んだ。


「今夜は鍋にでもしましょうか」

「ん、ああ、それがいいかもな」

「だと、するとー」


 冬香は空を眺めながら何かを思い浮かべた。


「では、キノコ鍋はいかがですか?」

「なんのキノコの種類にもゆるけど」

「公園に生えてるやつでもいいですか?」

「どうなったら、公園から採取する方向に行くんだよ」

「では野生動物を仕留めるのは、どうですか?」

「お前は野生を狩るっていう考えをやめようか」


 冬香が笑うのを目にして、完全に今回の事件を忘れようとしているのだろうと感じる。きっと、春樹逹は学生であって警察にはできるだけ協力なんかしないほうが幸せなのだろう。

 明日も休みだし、久々にゲームでもしようかなと春樹は思っていた。

 何分か歩いたところで、冬香が離れる。


「では、私はスーパーに行ってきます。今日一日、時間が潰れましたからね」

「そうだな。先に帰ってるよ」

「はい」


 春樹と冬香は別れ、別々の方向へと歩き始めた。

 少しして、春樹は違和感を感じる。周囲に警戒しつつ、足取りを遅めた。

 足を完全に止め、春樹は一人口を動かす。


「……なるほど、三人か。普通なら、それで仕留められるな」


 その言葉が響いた。

 瞬間、足音が三つ春樹の耳元に響く。それは足を止めたかのような音だ。

 視線の先には黒いコートを羽織った男が一人。ダウンジャケットを着た男が一人。後方には、黒いシャツを着た男が一人いた。

 一見、格好だけで見るとヤクザと思うかもしれないが、実際の体型は細い。全員、その細さから見るに、若い人間だと判断した。


「何の用だ」


 春樹の挑発めいた言葉に、コートの男が返答する。


「我々の邪魔をしないでもらえるか」

「なんのことだ。俺はお前なんて知らないし、会ったこともない筈だ」

「しかし、君は俺逹の正義を知らないわけがない」

「何故だ」

「悪を葬る行為が、メディアに取り上げられている。今や、我々は正義のヒーローと言ったところか」


 春樹はこいつらが、犯人なのかと思った。そうであれば、一人は青い炎が扱える。しかし、亜希子の言っていた黒いパーカーの男はいない。

 どちらにしろ、この男達は春樹を殺そうとしていることだけは確かだ。


「正義? 子供を殺すことが正義というのか」

「悪の因子を絶つのが我々の目的。だが、それだけが目的ではない。確実に君は我々正義の前に立ちはだかるであろう。その前に殺しておく必要がある。悪いが死んでくれ」

「そうか」


 春樹は短く呟き、足に力を込めた。

 一瞬にして春樹は黒コートの、目と鼻の先にまで辿り着き、拳を黒コートの男の腹部にめり込ませる。

 骨が鈍い音を上げ、黒コートの顔が豹変していく。冷静だった顔つきが、一瞬にして胃液を吐き出そしそうな顔になった。

 そのまま、春樹は拳を振り抜く。黒コートの身体は吹き飛び、コンクリートの壁に頭から激突し、意識を失った。

 春樹は拳を一度広げ、再び固める。


「俺を殺そうって、お前ら素手で殺せんのか?」


 鬼のような形相で他の男二人を睨みつける春樹。その双眸は人間を殺すことを何とも思っていない殺人鬼そのものだ。

 だが、残された黒いシャツの男、ダウンジャケットの男は自信満々といった様子で、片手を天に掲げる。

 後方にいる黒いシャツの男の手には、槍が。前方にいるダウンジャケットの男には斧が握られていた。


「正義の名の下に。悪しき者の味方を排除する」


 ダウンジャケットを羽織った男が斧を振りかぶる。その瞬間、斧の刃が微かに光った。

 斧を春樹に向かって叩き落す。

 春樹は後方に跳躍した。

 斧がコンクリートの地面を激しく叩き、まるで蜘蛛の巣のように割れる。

 あれは、身体能力上昇ギフトかと思ったが、違う。武器強化系のギフトである。

 跳躍しながら、ダウンジャケットの男が何のギフトを持っているか考えていると、後方には黒シャツの男が迫っていた。

 槍を構え、切っ先を春樹に合わせる。


「伸縮系スキルか!」


 春樹は短く叫ぶ。

 黒いシャツの握る槍が伸びた。

 光の速度で伸びる槍を、空中で背面跳びをする要領で躱す。

 春樹は着地し、拳を黒いシャツの男に振るった。

 黒いシャツの男は背を逸らし、拳を躱す。

 だが、避けている最中に長く伸びた槍を春樹に向かって叩きつけてきた。

 春樹は攻撃を止めることができず、回避ができない。

 槍の切っ先が春樹の頬を掠る。微かな切り傷ができるが、気にせずに黒いシャツの男へと春樹は駆けた。

 拳に魔力を宿し、春樹は黒いシャツの男に走らせる。


「素手で我らを倒せると思うなよ!」


 目前の黒いシャツの男の声ではない。後方にいたダウンジャケットの男の声だった。

 一瞬だけ後方を見ると、ダウンジャケットの男が斧を高々と掲げている。


「グランド・スマッシャァァァッ!」


 ダウンジャケットの男の低い声が響いた。

 斧は春樹に向かって振り下ろされる。

 だが、目前の黒いシャツの男も攻撃を放っていた。


「スラッシュ・ランスッ!」


 槍が光を宿し、矛が伸びる。

 春樹は拳を走らせていた。

 このままでは、春樹は挟み撃ちだ。

 攻撃を食らう直前、春樹は狙いを変えた。

 地面を狙い、春樹は拳を叩きつける。

 コンクリートの地盤が吹き飛び、春樹はあたかも跳躍したかのように宙に浮かんだ。

 斧と槍の攻撃を回避し、春樹は空中で棒を掴むような動作をした。

 そのとき、春樹の手元に煌びやかな刀が現れる。

 それを見た黒いシャツの男は口を動かした。


「なるほど、ようやく本気になったか」


 春樹は瞳を細め、着地する。

 二人の男は距離を開く。春樹の具現化した武器を警戒しているのだろう。

 春樹は刀を振り払い、斧を持つ男を睨みつけた。


「器物破損の容疑で、お前を逮捕する」


 強気に言った春樹に、ダウンジャケットの男は笑う。春樹も先ほど回避行動の為に、コンクリートを叩き割ったのだ。同じ罪である。


「バカなこと言ってんじゃねーよ。お前だって、今……」

「俺のは正当防衛だ」

「なら、今からお前を殺すのも正当防衛だ」


 ダウンジャケットの男が姿を消した。攻撃を見るからに、姿を消すほどの動きができるとは思えない。

 春樹は相手が本性を発揮したのだろうと予期した。


「あの人を怒らせたら、ここら辺一帯は吹き飛ぶ。君は一番怒らせてはいけない人を怒らせたね」

「そうなのか? なら、お前らの中ではそいつが一番強いんだな」

「さぁ?」


 春樹は黒いシャツの男と会話を交わしていると、突然春樹の目と鼻の先にダウンジャケットの男が現れる。


「彼の異世界での名は、見えざる英雄。姿を消すほどの動きで相手を倒すことから、死神とも呼ばれていた」


 黒いシャツの男が解説をしていた。

 春樹は刀を構える。

 その瞬間に、斧が春樹に降りかかった。


「散れ」


 斧が降り注ぐ。

 春樹は息を詰めた。

 静かな街の路地に、金属音が響く。


「相手が悪かったな」


 黒いシャツの男が言った。


「そうか。相手が悪いのか」


 黒いシャツの男は目を閉じていたからか、驚きのあまり、体制を崩す。

 春樹はダウンジャケットの男の斧を、刀で防いでいた。


「ま、マグレだ! エスベルリングの勇者よ! トドメを!」


 黒いシャツの男が叫んで命令する。

 だが、ダウンジャケットの男は驚いた様子で、口を開いた。


「こ、こいつ、お、俺の攻撃を全て防いで、欠伸してやがった……」

「な、なんだとッ!?」


 斧を持つ男は恐怖に包まれた顔をしている。黒いシャツの男も驚きのあまり、足が震えていた。

 春樹は欠伸をしながら、答える。


「見えないとか言ったな。俺からしたら帰還者の攻撃なんて見えなくて当然だ。だから、俺は特別なギフトを持っている」


 瞳を全開に開く春樹。その瞳が赤くなる。魔力を帯びたかのような両眼が、斧を持つダウンジャケットの男を捕らえる。

 縛られているかのような圧迫感、いや恐怖感を覚えたのだろう、ダウンジャケットを着た男は春樹から距離を取った。

 得体の知れない何かを前にしたら、一旦引くのが正解だ。と春樹は再び欠伸をしながら思っていた。


「安心しろ、お前らが思ってるほど凶悪なギフトじゃない。それに、俺はお前らを殺す気などない」

「バカめ。俺らは正義の勇者だ! 捕まるわけがないだろうが!」


 斧を持つ男が姿を消す。まるで、幽霊のようにスーッと消えた。

 春樹は左眼を全開に開き、呟く。


「オートマチックモード」


 背後に気配を感じた春樹。

 後方を見やると、そこには槍を握った男の姿があった。

 矛先は春樹の心臓を捉えている。


「これで終わりにしましょう!」


 男が槍を走らせた。

 槍の矛が急激に伸びる。

 春樹は片手を地面につけた。逆立ちの要領で、男の攻撃を躱す。

 槍を紙一重で躱した春樹。

 だが、さらに後方に斧を持った男が現れた。

 男の斧が天に掲げられ、魔力を解き放っている。


「これで終わりだ! ルーン・アックスッ!」


 月のような色を放つ、斧。それが春樹に向かって迫ってくる。

 春樹は片手逆立ち姿勢のままだったが、地面と接触している腕に力を込めて、身体を宙に浮かせた。

 華麗に舞う春樹。空中で刀を両手で握り、二人の男を視界に入れる。


「お前ら、答えを教えてやる。俺の両眼のギフトは自身の能力を上げる身体能力上昇系スキルだ。だが、そこらへんの身体能力とは違う」


 春樹は刀を空中で軽く振った。


「俺のは無限にアップし続けるオートマチック式と、意図的に上げることができるマニュアル式がある。俺の現在のギアは――――」


 男達が唖然とする中、コンクリートがミシリと音を上げる。まるで古い家屋の床のようだ。

 二人は動こうとしてきた。こんな子供の話になど付き合っていられないのが本音で、早く倒すことを考えていたのだ。だが、逃げることもできず、動くこともできなかった。


「10だ。およそ、俺の身体能力の十倍は上がっている」


 斧を持つ男が吹き飛んだ。野球選手が遠投したボールのように軽々と遠くに吹き飛び、コンクリートの壁に頭を打ち、うな垂れた。

 刹那、黒いシャツの男は理解する。

 逃げられなかった理由は、ただ恐怖に圧されていたからではない。既に攻撃されていたからだ。

 動けなかった理由が判明した黒いシャツの男の身体も、同じように吹き飛び、気がつけば意識を消していた。

 春樹は魔法で、刀の姿を消し、溜息を吐く。


「これ、また逆戻りか……」


 意識が飛んだ三人の男を集め、春樹は再び亜希子に電話をかけた。

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