第一部
翌朝、入学式が土曜日行われた為、次の日は休みだった。
瞳を擦りながら、起きた春樹はリビングに向かうと冬香がテレビを食い入るように眺めているのを見つける。
急いでリビングに来たのか、ピンクのうさぎパジャマのまま、さらにはお気に入りのクマさんのぬいぐるみまで抱えてソファに座り込んでいた。
「冬香、好きなアニメでも始まったのか?」
「違います」
「じゃあ、その格好は何?」
春樹の指摘に自分の姿が、どうなってるのか気づき、赤面させる。
「こ、これはちち、違うんです!」
「何が違うのか、わかんないけど、冬香もぬいぐるみとか可愛いの好きなんだな」
「だから、違うって言ってるじゃないですか!」
赤面で散々否定するが、クマさんを大事に抱き締めるということは、それほど隠れた譲れない趣味なのだろう。春樹はニヤニヤしながら、笑いを堪えていた。
「……まったく、それより、春樹。これを見てください」
「ん?」
これ、とはテレビのことだ。
テレビには昨日と同じニュースキャスターが映っていた。マイクを握り締めているところを見るに、怒りが溢れているといった状況だ。
雨に濡れぬよう、カッパを着ながらだが、そうとう怒っているのは伝わる。
何事かと思い、ニュースに耳を傾けた。
『只今、大田区の小学校に来ています! こちらでも帰宅途中に行方不明になったと報告されています!』
「また失踪事件か」
「ええ。それも小学五年生。他にも江戸川区、葛飾区、足立区の小学生が失踪しています」
「おいおい、それってかなり大事だぞ?」
「さっきから亜希子さんにも連絡してるんですけど、繋がらないんです」
心配そうに表情を曇らせる冬香。亜希子の身に何があったかは心配する必要はなさそうだが、それよりもこの連続失踪事件は、どうにも偶然とは思えない。
ニュースキャスターは、その後、親に警戒を呼びかけている。
これは偶然とは思えない。
春樹は自室に戻ろうとした。
「春樹」
「行くぞ、冬香」
「はい」
冬香も頷き、着替えて白花警察署に向かった。
白花警察署では、一部の人間が走り回っていた。昨日の失踪事件と今回起きた三区同時失踪事件。恐らく捜査本部が設立され、動き出している筈だ。
春樹と冬香は迷わず地下室に進み、特務捜査本部へと進む。
扉を開くと、中に亜希子はいなかった。だが、その代わりに天堂がソファで寝ていた。
「この人……」
「天堂 満だ。冬香、起こすぞ」
「はい」
春樹は天堂の顔を軽く叩くと、眠そうな瞳を擦ると、春樹と冬香の顔を見て、急に立ち上がる。
「す、すいませんっ!」
「別に謝らなくてもいいが、ここは捜査の本部だ。仮眠室じゃないからな」
「は、はい」
疲れているのか、天堂は家に帰ることもできずに眠ってしまったのだろう。そんな天堂の手元には書類が散らばっていた。
書類を拾い上げると、そこには今日起きた事件についての詳細が書き込まれている。
「既に調査したのか?」
「え、あ、はい!」
「まだ眠いなら、家に帰ってもいいんだぞ」
「す、すいません……」
春樹の冷ややかの言葉に、大きな身体を震わせる天堂。そんな天堂を見もせずに冬香は、ソファに腰をかけ、パソコンを起動させた。
冬香の対面に春樹も座る。すると天堂が立ち上がり、ボディガードのようにソファから起きて、直立姿勢になった。
「大田区は学校からの下校途中に失踪。江戸川区は公園に遊びに行ったところで失踪。葛飾区も江戸川区と同じか」
「どうやら、目撃情報が多数存在するみたいですね」
春樹と冬香は調査を始める。
だが、その途中に春樹は気になったことを聞いた。
「あれ、亜希子さんや、三島は?」
「あ、それなら調査に行っています」
「お前は行かなくていいのか?」
「いえ、私が来た時には既に出ていたようで……」
置き手紙を渡されて、眺める。亜希子の性格とは違って綺麗な字だ。
「天堂。なら今は俺達の指示に従ってもらう」
「はい」
「とりあえず、亜希子さんに婚活上手くいかないからって携帯の電源を切るなって言っておけ。三島の連絡先は知ってるだろ?」
「はい」
「三島に連絡して合流しろ」
「わかりました」
春樹が命令をすると、天堂はそのまま地下室を出た。それを見送ってから書類に目を通す。
これを見る限り、犯人は複数ともとれるし一人の単独とも取れる。
大田区は葛飾区や江戸川区とは離れた場所にあるが、時間的に一人では不可能じゃない。だとすると犯人のビジョンが思い浮かばない。
ましてや、なぜこんな強行に出たのかすら不明だ。子供に何の恨みがあるのかも、わからない。
「春樹」
「ん?」
不意に冬香に呼ばれて視線を移すが、冬香の視線はパソコンに向いている。
「亜希子さんから届いたメールを見ると、犯行に使用された公園には、草や石が焼けた跡が見られたようです」
「亜希子さん電話は出ないのに、メールは送ってたのか。それよりも、草とかが焼けたってどういう意味だ」
冬香はパソコンから視線を逸らし、ようやく春樹の目を見つめた。
「つまり、炎が使われたってことです。もし、この事件が単なる偶然であれば良かったのですが、近隣住民の聴き込みによると口を揃えて青い炎を見たと言ってるみたいです」
「青い炎って昨日のやつか」
「ええ、ガスバーナーなどを使えば青い炎は科学的に使えます。ですが、失踪した子供達が消えたのが、全員公園付近の場所であったことから、私の考えでは遺体は焼き消されたのだと判断しています」
「や、焼き消され……」
春樹は言葉が詰まる。
焼き消すなど正常な人間のできる行為ではない。子供だから時間がかからずに消せるから、わざと小学生を狙っているのか。
しかし、冬香は淡々と説明する。まるで心が機械であるかのように。
「青い炎だとすれば、子供であれ完全に消すのには時間がかかります。ですが、それは科学や機械的な話」
溜息を吐いて春樹は言葉を繋がらせる。
「……ということは、犯人は青い炎を存分にぶち撒けるだけのギフトを持った人間ということか」
「ええ、恐らく」
「そうか……」
折角昨日のことは忘れて、普通の生活に励もうとしていたが、相手が帰還者であればそういうわけにもいかない。
天堂と三島に任せることもできるが、まだ力量を知らないだけに頼るのは無理だ。
春樹が立ち上がると、冬香も立ち上がった。
「春樹、使われた魔力を調べるので、できるだけ戦闘に備えておいてください」
「わかった」
冬香はそれから亜希子と合流する為に、警察署を出る。
ギフトを呼び出すギフトを持つ冬香だが、戦闘には向かない。それは戦闘系のギフトは一度呼び出して、技を使えばそのギフトは一日使えなくなる。
つまり、強敵を相手にしたとき、冬香が覚えているギフトのストックが尽きれば、必然的に負けることになるのだ。
ゆえに、戦闘及び捕獲実行は春樹が担っていた。
捜査室から出て、春樹は再びゲームセンターに寄る。
春樹は四台のうち、一台に腰を降ろし、百円を投入した。すると、キャラクター選択の画面に切り替わる。
春樹は迷わず、剣を扱う卑怯なキャラを選んだ。
これはゲームに勝つことが目的ではない。春樹は戦う前に、イメージを膨らませる為にゲームをやるのだ。
わざわざゲームセンターでやるのは、向かいの台に別の人間が座り、戦いを挑んでくるからである。そうなれば、コンピューターとの戦いではなく、人間同士の戦いができるのだ。
春樹はイメージや心理も含めて、日々ゲームセンターで練習していた。
――――早速か。
春樹の画面にはニューチャレンジャーの文字。向かいの席には誰かが座っていた。休日だというのに制服を纏っている。昨日から遊び呆けているのか、または風呂に入らない不清潔な奴なのか、わからないが春樹は迷わず戦うことにした。
相手は中国拳法を扱うキャラクターだ。その相手に有効な戦略を思い浮かべ、春樹は戦いを始める。
ワンラウンドを残り体力半分ほどで倒し、ツーラウンドをノーダメージで倒した。
――――少々、やり過ぎたか。
己で反省しながらも、ここまでボコボコにしてしまえば帰ってしまうかと不安になる。だが、次また誰かが挑戦するだろう。そう思うことにした。
だが、再び乱入してきた。またも同じキャラクターである。
こいつ骨があるな、などと思いながら、今度は全ラウンドノーダメージで相手を玉砕した。
「ぜ、全然勝てねぇぇぇぇっ!?」
何戦目だろうか。ついに相手が叫びをあげ始める。
春樹もボコボコのケッチョンケッチョンにした為、イメージは固まっていた。そろそろ退席しようかな、と思い始めていた頃だ。
そんな中、乱入をようやくやめて、春樹の前に制服姿の者が現れた。
髪の毛をオールバックに束ね、少しチャラそうな男だ。制服は乱れてるし、冬香に見られたら一発で怒られそうな人間である。
その人物は春樹を見るなり、指を向けて驚いた顔をしていた。
「あれ!? 遅刻君!」
「え?」
一瞬、何を言われているのかわからなかったが、理解が遅い春樹ではない。この男が制服だとわかったのは、春樹と同じ高校の制服だからだ。
男はニコニコしながら、話しかけてきた。
「なんだー遅刻君強いじゃん!」
「え、あ、まぁ……」
「初めまして! 俺は遅刻君と同じクラスの真壁 紳士! よろしくな!」
「あ、ああ……」
紳士という名前ではあるが、紳士っぽくないなと春樹は考えながら、差し伸べられた手を握る。
ニコニコとしながら、紳士は隣の椅子に座って話しかけてきた。
「そういえば、友達まだできてなかったね!」
「う、うぐっ」
「遅刻君だからね!」
「い、痛いところを突くな……」
「俺が友達になってやるよ!」
「ほ、本当か?」
春樹の顔が、紳士によって色々と変わっていく。そんな顔を楽しみながら、紳士は携帯を覗かせてきた。
「メアド覚えられる?」
「あ、今出すよ」
携帯電話を取り出すと、着信履歴が冬香で埋まっていることに気がつく。どうやら二時間くらい前から、ずっと鳴っているようだ。
バイブレーションに気づかないほど、集中していたみたいである。
そして、今も鳴り響いた。
「……は、はい」
『春樹。携帯の意味わかってる?』
「す、すまん」
『とりあえず、説教は後でするから、急いで地下室に来て』
ゲームセンターでもハッキリと聞こえるほど大きな声で叫ばれたのだ。隣にいた紳士も、少し顔を引きつらせて、自分の携帯を閉じた。
「な、なんか色々立て込んでるみたいだから、また今度な!」
それだけ言って、紳士はどこかへと行ってしまった。
友達一人、作るチャンスを見逃した、と思った春樹だった。




