第一部
白花警察署の地下室。そこには、超極秘任務を遂行する、当初三人だけの部署があった。
一般の警官が知ることはなく、超特定の一部の人間しか知り得ない部隊である。
超特殊捜査部署。そこに春樹と冬香は所属していた。二人は超法的措置が施されている。その為、表向きは学生だが、裏では警察なのだ。
「……異世界帰還者なのか?」
春樹の問いに、天堂と三島は静かに首を縦に動かした。
異世界帰還者とは、主に引きこもりやニートが突如行方不明になり、帰還してきた者達のことを示す。
その異世界帰還者というのは、人間を超えた力を宿して帰ってくるのだ。ゆえに、剣や魔法を扱えたりと、日常社会ではあり得ないことができるのだ。
そして、その異世界帰還者達は、この世界に戻り、人間を超えた力で犯罪に走る者が多くいる。
それを抑制する為に、春樹や冬香達は超特殊捜査部署に特例で所属されたのだ。
「警察の中にも、まともな異世界帰還者がいるとは思わなかったですけどね」
冬香は睨むのを止めて、ソファに腰を深く沈めた。その態度は、偉そうな社長に酷似している。
天堂は冬香に向けて、手を差しのばした。
「我々は、春樹君や冬香さんの手助けをするべく、この部署にやってきたのです。よろしくお願いします」
育ちが良いのか、天堂は冬香の劣悪な態度に対しても、握手を求める紳士ぶりだ。だが、反対に三島は冬香の第一印象に驚いているようで、さっきから怯えていた。
亜希子は三島の背中を叩き、天堂と同じように、冬香に握手を求めるようにさせる。
冬香は不機嫌ながらも、腰を浮かせて二人の手を握った。
「日下部 冬香です。よろしくお願いします」
やや、信用していないようだったが、二人の手を握ると溜息を一つ吐いて微笑む。
「天堂 満。二十九歳独身。二十六歳で当初働いていた会社にリストラされ、ニートに陥る。謎の暗号を使い、異世界に飛ばされた。帰還したのは二十七歳。ギフトはブースト・アップってところね」
「え!?」
「三島 司。二十七歳独身。二十歳の頃、事故に遭い、異世界に飛ばされるも、帰還。帰還したのは二十二歳。ギフトはミニマムってところですね」
「え、ぼ、僕まで!?」
冬香は二人のちょっとした情報を読み取ったようだ。異世界から帰還した者達の能力をギフトと呼ぶ。その冬香のギフトは、オール・アップ。ありとあらゆるギフトを呼び出すことのできる優れもののギフトだ。今使ったのは、情報を読み取るギフト。オール・アップで呼び出したギフトは、一度使ったらその日は使えない。そういう欠点があるが、基本的には何でも使えるので、最強である。
驚いたままの二人を見て、春樹は説明をした。
「冬香は情報を読み取ることも、戦うこともできる、最強の女だ」
「あまり、女の子を強い扱いしないでくれますか」
半ば不機嫌になった冬香は、再びソファに腰を降ろす。
「今回からは、私達三人で調査をするから春樹君と冬香ちゃんは学校に行きなさい」
亜希子からの言葉を受け、春樹は安堵の溜息を吐いた。
「とりあえず、私達は北区の公園を調べる。春樹君達が終わったら、また合流しようじゃないか」
「わかりました。とりあえず、俺達は学校に行きます。冬香」
春樹が亜希子に告げると、冬香は不機嫌そうに立ち上がる。
「はい」
「行くぞ」
それから春樹と冬香は警察署を出て学校へと向かった。
春樹は、白花中央高等学校に到着したのは、時刻十時頃だ。下駄箱のクラスを見て、足を走らせた。
クラスは二年A組。いわゆる学業が優秀なクラスだ。この学校はAからDまであるのだが、学業の優秀順にあるので、わかりやすかった。
教室に到着し、扉を開くと既にクラスの中にグループが形成されているのが伺える。
担当教師が春樹を見て、名簿に視線を移す。
「もしかして、日下部 春樹か?」
「はい、すいません、遅れました」
担当教師は若く、人当たりの良さそうな人だった。現に今も微笑みながら、出遅れた春樹に手招きをしてくれる。
「入学式当日に遅刻とは、仕方ないな。お前とは何だか、長い付き合いになりそうだな」
「冗談はその辺にしてください」
この人といると、自然とガードが緩くなりそうだった。
席を案内され、春樹は自分の席に座る。
すると、クラスの人間の目が一気に集まっていた。
春樹は何となく見回すと、周囲の生徒は視線をすぐに逸らす。
入学式デビュー、早速失敗に終わったか。そう予期する雰囲気だった。
初日登校を終え、メールアドレスのゲットもできないまま、春樹は北区の公園に来ていた。
あの後、担当教師以外には声をかけられることもなく、さらには教師の名前を覚えることもできずに、駆けつけていたのだ。
公園には報道陣や警官が集まり、捜査をしていた。といっても指紋などを採取するだけの操作である。
そんな中、亜希子が春樹に気づき、近くに歩み寄ってきた。
「お疲れ、春樹君。初日登校はどうだった?」
「台無しですよ。おかげで友達一人も作れませんでしたよ。周りの視線が集まったので、話しかけられるのかと思ったら、全員視線逸らすし」
「それは目つきが悪いからじゃない?」
「はぁ……」
春樹の目つきは悪い。普通に誰かを見つめると、お金を差し出すほど。異世界帰還者である春樹は、それこそ生死の境を潜り抜けるような戦いを何度も乗り越えてきたのだ。その戦いの証が目つきに現れていた。
溜息を吐いて、周囲に目線を配る。
昼前の公園とは思えないほど、報道陣が所狭しと存在していた。空は曇っているせいか、陽光が当たらないので、若干の寒さがまだ残っている。
「そういえば、冬香は?」
「冬香ちゃんね、冬香ちゃんは、なんか拗ねたのかな、天堂さんと三島さんがいるのなら、私がいなくても捜査できますよねってメールで言われちゃって」
「……それなら、俺も必要なくないですか」
「そういうわけにもいかないわ。春樹君は、私のボディーガードってことでいんじゃない?」
苦笑いしていた亜希子が、片目を閉じて舌を軽く出した、テヘペロをしていた。
これだから結婚できないんだろ。と春樹は思ったが口にしないで置こうと思った。
「で、何か新しいことはわかりましたか?」
「それが今のところは、サッパリ。指紋もベンチに微かにある程度で、警察犬を使っても公園から出ようとしないのよ」
「警察犬までか」
そういえば、今回の事件が動き出したのは早過ぎる気もする。
通常、行方不明ならばメディアに取り上げられるのも遅い筈だ。小学生だからか?
春樹の中に、疑惑が生まれた。
「主任」
そのとき、三島が歩み寄ってくる。
亜希子は振り返り、三島の姿を目にして真剣な顔で話を聞く。
「今、警察犬がこれを見つけまして」
三島は白い小さい物を差し出した。
春樹は白い手袋を装着して、三島から物を受け取る。
一見石ころのようにも思えるが、これは石ころではない。永久歯だ。
春樹と亜希子は見つめ合い、首を縦に振った。
「天堂! 一度戻るよ!」
「はい!」
亜希子が声をかけ、天堂が戻ってくる。
そのまま、四人は黒のセダンの車に乗り込み、白花警察署に戻った。
車を白花警察署に置くと、そのまま四人は朝寄った地下室に入る。
袋に入れた歯を机の上に置き、天堂と三島は調べた書類全てをファイルに束ねて持ってきていた。
ホワイトボードに、マグネットを使って重要な書類を全て貼り付けていく。
「じゃあ、集めた情報をまとめようか」
亜希子の声に、天堂と三島は真剣な眼差しに変える。春樹はソファに腰をかけ、残りの三人は立っていた。
「三島、お前が集めた情報を」
「はい」
三島が集めた情報は、春樹と亜希子の手元の書類に記されている。
今回、新たな情報はなく、近隣住民から再び青い炎を見たという情報に、指紋分析を急がせているということ。
他には昴の両親が、喧嘩をしていた内容くらいだった。
「……まぁ、青い炎の目撃情報は今のところ、多くある。恐らく、ガセではないことは確かだろう。他には何か掴めなかったか?」
「あとは……そうですね」
すると亜希子は目を釣り上げて、机を叩く。激しい音に、三島は身体をビクつかせた。
「お前になぜ、私が声をかけたのかわかっているのか!」
「は、はい!」
「帰還者ならば、帰還者らしく、一般人には感じられない何かを探ることができるだろうが!」
「すいませんでした……」
三島はしゅんと肩を落とし、落ち込んでしまう。垣間見た亜希子の怒りに、春樹は恐ろしさを覚えた。本来の亜希子の姿を見たこともなく、普段は天然なのかと思っていたが、仕事は熱心なようだ。
そんなところに好感が持てるが、部下には嫌われそうだな、と思った春樹だった。
「主任、よろしいですか?」
「すまない、天堂」
天堂は手元のパソコンを使い、ホワイトボードにパワーポイントを使い、データを映し出す。
「警察犬の発見した歯から、説明しましょう。さっき、鑑定班に調べてもらったところ、この歯が昴君のものなのは確定していて、殴られたことによって抜けたみたいです」
「殴られた?」
「はい。どうやら、歯を強く噛み締めていたとか。原因はわかりませんが、もしかしたら抵抗を試みたのでしょう」
「そうか」
亜希子は腕を組み、考えるのを始めた。
殴る、という概念は帰還者には存在しない。なぜなら、帰還者には武器があるからだ。剣や槍などといった武器を扱って人に危害を加えることがほとんど。
つまり、今回は殴るという結果が出た。つまり、加害者は剣などの刃物は使用していないことに繋がる。
「素手か、武器か」
春樹は顎に手を置き考えていた。
わざわざ素手で殴るのか。それとも鉄パイプか。どちらにしても、帰還者の仕業とも一般人の仕業とも言える。
春樹は判断して、立ち上がった。
「兵藤さん。俺は外れます」
「そうか」
亜希子はそれだけ言い放つ。
何件か解決しているうちに、亜希子の返事次第で少しの考えは読み取れるようになった。
もし、亜希子の考えていることが、帰還者が関わっているならば、少し待てと言われ、関わっていないと判断すれば、春樹が抜けると言っても、素っ気なく承諾する。
今回は無駄足だった、ということになるのだ。
春樹としても、帰還者に悪いイメージがあるのは拭えない事実。逆に帰還者が関わっていないのであれば、それはそれで良いことなのだ。
天堂と三島が唖然と見つめる中、春樹は帰路に着いた。
自宅に到着して、リビングに行くと冬香が夕食の支度をしていた。時刻は既に十八時を迎えようとしていたのだ。
あれから、春樹は地元のゲームセンターに行って、格闘ゲームをしていた。
「先に帰ってたのか」
「ええ、電話で亜希子さんに春樹が帰ったと言われたので」
「まぁ、今回は俺らの力は必要なさそうだしな」
「そうですね」
新聞を手に取り、冬香が作るクリームシチューの香りを嗅ぎながら、紙面に目を通す。
行方不明者、一万人に昇る! と堂々と記されていた。
春樹は懐かしき、異世界の生活を思い出そうとする。
真っ先に頭に思い浮かんだのは、何にも負けないくらい輝く赤の瞳に、金色のウェーブのかかった長い髪。誰もが虜になる美しい顔。
名前は、アイリア。誰よりも優しく、誰よりも強く、春樹と共に多くの時間を共有した者だ。
この世界に現れる異世界への扉は、未だかつて見ないほど多く現れている。また、必ずしもそこが春樹のいた世界と繋がるわけではない。
春樹の行きたい世界は、リファレンス。自然が多く残り、多くの魔物が生息する危険な地だ。そこで春樹は一般人として召喚されたが、魔王を滅ぼして英雄と称えられた。
しばらくして、アイリアに想いを告げようとしたとき、強制的にこの世界に戻ってきていたのだ。
嬉しさとかよりも、悔しいという気持ちの方が強かった。こんなことになるのなら、もっと早く想いを告げれば良かったとさえ思える。
だが、悔やんでいても仕方ない。冬香にそう言われ、現在の帰還者の暴行を止める警察に協力しているのだ。
ただ目的がないわけではない。もう一度アイリアと逢う為に、リファレンスへと続くゲートを探しているのもある。
いずれは辿り着ける、そう信じて協力していたのだ。
「春樹、できましたよ」
「ああ」
春樹は新聞から目を逸らし、冬香と夕食を摂ることにした。
あるホームページの掲示板には恐ろしいことが書かれている。
そこには、イジメを撲滅させる運動、という一見微笑ましい題名の掲示板があった。
しかし、そこに記されているのは、笑えないことばかりだ。
昨日の誘拐事件として、処理された二階堂 昴のことが書かれていた。
ある者は、そこに書き込みを始める。
悪を滅ぼした。
証拠の画像はアップしておく。
ネットの巡回者達は、それを目にして多くの書き込みを寄せた。
次はこいつをお願いします。
次はこいつを。
次はこいつを。
多くの書き込みを目にした、男は口角を釣り上げて微笑んだ。
そして、こう書き込む。
イジメをする人間は悪だ。心配するな、俺は勇者だ。必ず悪は滅ぼす。
そして、男はパソコンから離れ、どこかへと向かった。




