第四部
春樹は消えゆく意識の中で、走馬灯は見なかった。見たのは、2つの剣だ。
聖なる光に包まれた聖剣。それが春樹の前に現れたのだ。
「我らの力を使わないとは、いつからハルキは己の力のみが最強だと謳っておるのじゃ?」
「うむ、儂らの力を使わないとすると、それは己の力のみで解決できると思っているからか?」
そこにいるのは、精霊と仙人。
二人とも腕を組んで倒れた春樹を見つめる。
「ハルキ。儂はお主とならと思い、この世界に共に来たのだ。お主が使いたがらない理由がわからないでもない。だが、お主が死ねば、儂らも消えてしまう。儂らの為にも、お主の妹や大切な人間の為にも、目覚めろ」
「そうじゃ。ハルキ。我らはハルキの願いによってこうなったのじゃ。あの頃の願いを忘れたわけではあるまい。お願いじゃ、目を覚ませ!」
春樹はやがて目を覚ました。
今さっきまでいた二人はそこにはいない。
いるのは、トンファーを構え春樹の前に立つ天堂 満。
「ほぅ、あれを喰らって生きているとは」
「……こっちはタフが売りなんでな」
春樹は起き上がる。
鈍くなったとはいえ、身体能力全体を上げているのだ、防御力も多少なりとも上がっているのだ。
夢でも見たのか。春樹は一瞬だけ確かに死んだ筈だった。しかし、何かが春樹を呼び起こしたのだ。
武器はない。体力もない。魔力もない。
春樹に残されたのは、最後の奥の手だ。
「……終わりにしよう」
呟く春樹。
その言葉に天堂は顔をひきつらせた。
「逃げるのか?」
「逃げた方がお前の為だ」
春樹は両手を天に向けて掲げる。
突如、春樹の右手には細長いエメラルドの刀身を持った長剣が出現し、左手には神々しいほどの太い刃を持つ大剣が握られた。
二刀を構えた春樹。傷口が徐々に回復していく。
「……な、何が起こってる!?」
天堂は動揺したのか、一歩後退した。
春樹は静かに呟く。
「聖剣セイレーン。聖剣アレキサンダー。これが俺の真の全力だ」
「せ、聖剣……だとッ!?」
聖剣。異世界では必ず一本は存在すると言われている。一振りで災害を起こすことも可能だと言われているほどの伝説。
それを二刀持ち、春樹は息を吹き返したのだ。
「は、ハッタリか?」
「そう思うのなら、今から来い」
天堂は睨みを利かせながら、春樹に向かって飛びかかってきた。
トンファーを振りかぶり、全力を込めた攻撃を放つ。
春樹はそれをアレキサンダーの刀身で防ぐ。
金属音が響くが、天堂の身体がよろめく。先刻攻撃が衝突したときとは違い、天堂の攻撃が簡単に弾かれたのだ。
「なるほど。俺を倒すのなら、充分だ」
「充分過ぎるだ。アキュラは死んだかもしれないけど、極力俺は誰も殺したくない」
「ふ、そうか」
天堂は鼻で笑うと、トンファーを回転させた。
「甘いな。この世界じゃ食うか食われるかの弱肉強食だ。お前のような甘さ、それではいつか自分が喰われなくとも、大切なものを見失うぞ」
「なら、俺が守ればいいだけだ」
「そうか。なら、お前は大切なもの、全てを守り切る覚悟があるんだな?」
動き出す天堂。
その先には、亜希子、楓、冬香の三人がいる。
春樹はすぐに移動し、天堂の前に立つ。
「天堂ッ!」
「俺はお前みたいな甘ちゃんが嫌いだッ! 俺はこの世界を変えてみせるッ! それがこの世界に生を受けた者の成すことだッ!」
トンファーで楓を狙う。
セイレーンを振るい、攻撃を止める。
天堂は仰け反るが、楓が天堂に向かって走っていく。
「行くな楓ッ!」
「お前が守るつもりでも、死ぬつもりだった者を守ることは、非情なんだぞッ!」
楓が近づいていく。
天堂はトンファーを振りかぶり、楓を貫こうとする。
春樹はアレキサンダーとセイレーンを両方同時に振るった。
トンファーが弾かれ、天堂は更に後方に飛び退く。
歩み寄った楓は立ち止まっている。
春樹も飛ぶ。
「誰かを救うことが、正しいとは思わないッ! だが、俺は少なくとも大切な人達は守りたいんだッ!」
春樹が二刀を振るう。
それをトンファーで受け流す天堂。
「その大切な人間が、死にたいと言ったらお前はどうするんだッ!」
屋根へと着地した天堂と春樹。
「俺の大切な人が……」
「死にたいと言ったり、この世界に嫌気がさしたら、お前はどうするんだ」
天堂の瞳は真剣だ。
もし、冬香や楓がそんなことを言ったら、春樹はどうするのだろうかと悩んでしまった。
「俺は俺だけの意志で計画を進めているわけではない。大切な仲間の為に、俺は俺の意志で動いている。例え警察官であろうと、子供だろうと、俺は大切な人の為に正義を貫く! それが俺の道だ! 覚悟もない子供に邪魔される覚えはないッ!」
「くッ!」
トンファーが伸びる。
春樹は聖剣で交互に防御し、受け流す。
その隙に、アレキサンダーを振るう。
華麗に宙返りをしながら後方に天堂は避けた。
「イジメが嫌いだ。したいことをしててもゴミ扱いされる社会。フリーターも同じ。俺は代弁者代表に過ぎない。そんな者達の力になりたい! それが俺の願いであり、野望だ!」
激しいトンファーの連打。
捌ききれなくなり、春樹の肩に命中する。
吹き飛ばされた春樹は、立ち上がろうとするも腹部を蹴られ転がった。
「ぐっ」
「俺の大切な人は、働いていたのにも関わらず、悪意のある人間からクズ呼ばわりされた。仲間は社会でイジメに遭い、自主退社を強制的にさせられたんだ。社会の闇を払拭することこそが、俺の本当の使命だ! その為なら、ギフトピースなどいくらでも使ってやるッ!」
己の野望、いや大切な人の願いを聞き届けた天堂は、本来いい人間なのかもしれない。人々が人をイジメるのは、そこに悪意やストレスがるから。それは許されることではない。本人にとっては一生心に残る傷だ。
ましてや、それの仕返しをお願いされたら、確かに革命でも起こしたくもなる。 だが、春樹は知っているのだ。それが間違いであると。
ゆっくりと起き上がり、腹部を抑える春樹。
聖剣をしっかりと握り、答えた。
「だが、それでも殺してはいけないッ!」
「何故だ! では法では裁けない悪をどうやってお前は裁くんだ! 日下部 春樹ッ!」
「神が必ず罰を与える。俺らもそうだろうが。ポジティブに生活していたのに、不幸に遭い異世界に飛ばされる。それは神が俺らが不幸だと感じてくれたからだッ! 必ず、悪には裁きが降りるッ!」
天堂が怒りを露わにし、叫んだ。
「神など存在しないッ! あるのは、我々ただ人間だけだッ! 奴らを裁くのは、俺らだッ!」
「復讐は復讐しか産まないッ! 気にするなとは言わない、だが、お前らはお前らで過去に捉われるのはやめろっ! 前を向けよッ!」
天堂は大きく溜息を吐き、残念な顔をして春樹を見つめた。
「……やはり、相入れぬようだな。ならば、せめてもの同志への土産としてやろうッ!」
上空に高く飛んだ天堂。
春樹はギア300のまま、聖剣二刀をゆっくりと構えた。
「天堂。死ぬなよ……」
上空からトンファーで殴りかかってくる天堂。
春樹の聖剣セイレーンはライトグリーンに光り、聖剣アレキサンダーは黄色く光った。
やがて、春樹自身の身体もオレンジ色に光り出す。
全身の魔力が湯気のように立ち上がる。
奥歯を噛み締めて、春樹は飛んだ。
「俺の、俺逹の未来の礎となれッ!」
「俺は……過去には捉われないッ!」
天堂がトンファーを力強く振るう。
だが、それを春樹はすり抜けた。
「な、なに!?」
聖剣から湧き上がる魔力が二つの幻影を春樹の後方に作り出す。一人は精霊のような女性。一人は仙人のような男性。
聖剣を握った春樹は、天堂に迫る。
宙に浮いたまま動けない天堂。
春樹は天堂の身体を二刀で斬り裂く。
血が飛び交う。
星を描くように超高速で、春樹は連続で斬りつける。
そして、剣で斬った軌道が星のように浮かび上がり、春樹は剣を天堂に向けて突き刺した。
「レジェンディア・ダブルスター」
春樹の聖剣はしっかりと、天堂の身体を貫通している。
そのまま、二人は落下を始めた。
血まみれになった天堂は春樹の手を握る。
安らかな笑顔を見せ、天堂は呟いた。
「……暴走を止めてくれて、ありがとう……」
「て、天堂ッ!?」
春樹は剣を抜くと、大量の血が溢れ出す。
着地に春樹は成功するが、天堂の身体はまるで人形のようにバウンドして、二度と動くことはなかった。
春樹は急いで天堂に近寄り、片膝を着く。
「天堂ッ! お前……止めて欲しかったのか……?」
しかし、返事はない。
天堂は安らかな顔をして、瞳を閉じていた。
やがて、トンファーを握っていた手から、鍵が零れ落ちた。




